100-5 「タレント-2」
100-5 「タレント-2」
「どうもどうもどうも。
おやね、このX市のお客さんは、本当にあたたかいんですよねぇ。
あたしがするのは、まぁ、怖い話なんだけれども、そういった怖い話、怪談、ってものの中にも人の情ってものがある。そうしてものがあったうえで、じいちゃんやばぁちゃんが近所の人なんかが集まったところで、こんな話があるよ、って話してあげるわけですよ。そうすると、なんていうかなぁ、怖い話を通じてコミュニケーションがとれるというか、あたしがこういったイベントでしたいのは、そういうことでもあるんですよね」
チケットが売り切れているだけあって、客席は満員だった。
開演すると客席のあかりは落とされ、ライトはステージ上のセットに腰かけた、〇〇〇だけを照らしている。
誠は、他のスタッフと一緒に、ステージ脇の音響機材のところで、〇〇〇のトークを聞いていた。
「いや実はね、今年は二月にもここにきてるんですけれども、X市のお客さんで、冬もきたよって方、いらっしゃいますか? もしいらしたら、手をあげていただけますか?はい、冬もきたよ、って方?」
〇〇〇が訪ねると、初めは数人、だんだんと増えて、結局、全体の3分の1以上の客が手をあげた。
「おおー、こんなにたくさんねぇ。どうも、ありがとうございます。ほんとにね、あたしがこうして何度もこれるのも、みなさんが聞きにきてくださるおかげですよ。そうなんですね。でしたら、みなさん、前回の2月の会場も知ってらっしゃるわけですね」
「知ってるよー」
客席から野次が飛ぶ。
「そうなんですね。でしたら、お話しちゃいましょうかね。みなさん、地元の方だ、あたしよりもよく知ってるかもしれませんからね。
あのですね、前回の会場。
あそこ、でるんですよ」
〇〇〇の言葉に客先が息を飲んだ。
「実はね。あたしも見たというか、前回やった時に、それがいるのに気づいたんですよ。
あそこは古い建物だ。
それにあのあたりは、戦争の時に爆撃で人がたくさん死んだらしい。
あの会場は暗い入り組んだ作りですよね。
で、あたしはトイレに行ったんだ。
奥の方のトイレ。
出演者専用で、普通の人は入れないようにしてくれてあった。
あたしが入ってね、一人で用を足していると、誰か別の人が入ってきた。
あたしがしていたのは小さい方で、そんなことしながら、きょろきょろするのもおかしなもんだから、あー誰かきたなーと思いながら、自分のことに集中していた。
そうしたら、おかしんだ。
そのもう1人が背後からじっとあたしの様子をみていて、動こうとしない。
だって、トイレでヘンじゃないですか、人の様子を見ているだけで自分はしようとしないなんて、おかしいですよ。
で、あたしも気になって仕方なくなった。こいつはなんだろ、なにしてんだろ?
よし、自分が終わったら、見てやれって、思いましてね。
そん時はもうあれだな、あいつが人じゃないのは、半分以上わかっていた。
普通の人はそんなことはしませんからね。
おいおい、なんかでてきちゃったよ、と思ってました。
そうして、あたしの用がすんでチャックをあげて、さあ、便器から離れよう、と思った時に、あたしはね、神経を集中して、さっと素早く、後ろを振り返ったんだ。
ぱっ。
そうしたらですよ。
ちょうどあたしの背後にあったガラスの窓が音を立てて閉じたんです。
開いてたんですねぇ、それが、ぱっと一人でに閉じちゃった。
人なんか入れない小さな窓ですよ。
それもあたしの頭ぐらいの高さにある。
そいつが、ぱっと閉まるなんておかしいじゃないですか。
それでそん時に、あたしは手のようなもんを見たような気がするんですよ。
あたしの背後にいた、そいつが、窓のから飛びだして、外へ逃げていったんじゃないかなぁ、とあたしは思うんですよ。
そんなこと、普通の人間じゃできませんよ。
もちろんね」
〇〇〇の語りを誠も観客も集中して聞いていた。
話が一段落ついた頃、誠は自分のすぐ前にいる〇〇〇のマネージャーの様子がおかしいのに気づいた。
会場入りした時、手首を負傷したマネージャーが、いまは自分の両肩を抱えて、その場にしゃがみ込んでいる。よくみると体が小刻みに震えているようだ。
誠はマネージーの隣りへいった。
「大丈夫ですか?寒いんですか?」
マネージャーは顔面蒼白で、ぶつぶつとなにかつぶやいている。
「きている。きてるんだよ。あそこ、いるよ」
マネージャーが指を刺したのは、一列の空席だった。
その席は空いていて、誰も座っていない。
「誰もいませんよ?」
誠が言っても、マネージャーはこちらをにらみかえした。
「いたよ。いたんだよ。あの席の婆さん、さっきからずっと出たり消えたりしてる」
出たり、消えたり。
言われてみれば、誠もあそこが空席なのはおかしい気がした。
たしか、客先は満席で、それは何度かたしかめたような気がする。
「どうかしたの?」
他のスタッフも集まってきた。
話を聞いて、みな口々に「いた」とか、「いない」とか、言い出した。
公演中なのに、ステージ脇がざわめきだす。
「おい、みんな、これ、聞いてくれ!」
と、ヘッドホンを片耳にあてて、音響機材の調整をしていたスタッフがみなを自分のところへ呼んだ。
マネージャも、みんなと音響係のところへ。
「ほら、これ、ここのライン、いま電源、入ってないんだぜ」
音響係がさしだしたイヤホンにみな、順番に耳をあてた。
誠もそれを耳につけた。
OFF状態でなんの音もしないはずのヘッドホンからは、低いうなり声のような音が聞こえていた。
「なんですか、これ!?」
「わかんない」
首を傾げる音響係をかこんで、みんな釈然としない表情を浮かべている。
客席から、ひときわ大きく拍手が起こった。
舞台の第一部が終わったのだ。
この後、短い休憩を挟んで、ショーは第二部へ移る予定だ。
〇〇〇が舞台のそでに戻ってきた。
「ん?みんなどうしたの?」
集まっているスタッフ、マネージャーに声をかけてきた。
「あの、客席の最前列に・・・」
「あー、あのお婆ちゃんね。出たり入ったりしてるでしょう?あたしもね、なんかへんだなぁ、と思ったんだよ。あれは生きてる人じゃないね。
え?音響さんがヘンだって??
そういうのはよくあるから、あんまり気にしない方がいいよ。
それから、Oは調子が悪かったら、どっかで横にならせてもらいなさい」
マネージャに肩を貸して、てきぱきと行動する〇〇〇に感心するだけで、誠はなにもできない。
馴れているのだ。
〇〇〇にとっては、これが日常なのだ。
「お客さん、たくさん入ってくれて、それ以外もいろいろ来てくれてるみたいで、うれしいねぇ」
晴れやかに〇〇〇が微笑んだ。
怪異はある、信じたくない者が、「ない」と言い張るのは勝手だが、それを体験したものにとっては、その経験は、事実であり、それ以上でも以下でもない。
しかし、誠は、それを自分の日常の中に組み込んで、それを生業として、楽しみながら生きている〇〇〇に、並みの怪異以上の怖さを感じた。
この人は、恐ろしい、だから、怪異を楽しみながら、ひょうひょうと生きていけるのだ、と。
END
☆☆☆☆☆
5話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
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