100-15 「女屋-1」
100-15 「女屋-1」
いまから40年ほど前の話。
まだ当時、時代は昭和で、戦後20年がすぎてはいたけれども平成まではほど遠く、21世紀も本当にくるのかどうか、誰もが確信がもてない未来だった。
あの頃、学校の校舎には誰でも比較的安易に忍び込むことができた。
なんなら、授業中でも、平日の夜間、休日の日中でも、いつもでも、誰にもとがめられずに出入りできた。
その地区にある公立小学校はA校の1校だけで、地区の1800人近い子供たちが、生徒だった。
時代もまだそうしたものが許されていたし、とにかくたくさんの生徒がいたので、学校の怪談もたくさんあった。
マンモス小学校らしく50メートルの大プールを備えていたが、プールの真ん中の25メートル地点は、深夜になると、なにかが入っているものを、下水道を引きずりこむと言われていた。
音楽室のベートーベンの目は当然、動くし、火災報知器のランプの光は、真夜中に、赤から黄色に変わる。
生物室の人体標本は、本物の人骨で、トルマリン漬けの生物のビーカーの中には、時々、わけのわからない臓器や眼球が混じっている。
また校舎の裏にある神社には、血まみれの猫が住み着いている。
その猫の姿をみたものは、やっぱり不幸になる。
昭和50年代にはすでに、古い校舎のトイレには、花子さんがいた。
これらの怪談のいくつかを生徒のほとんどは知っていたし、それ以上にいろいろな怖い話を知っている子供ももちろんいた。
警察官の息子だったHは、誰もまだ知らない怪異を、そのうち自分が見つけてやろうと思っていた。
お化けや怖い物は苦手だが、「誰も知らない秘密を自分だけは、知っている」というのが、カッコイイ気がしたのだ。
Hは、怪異と出会うために、いける日は、夏休みの校舎に毎日、忍び込むことにした。
8月の平日の昼間、校舎は、昇降口の扉の鍵を開けたまま、放ってある。
Hは、堂々と昇降口から校舎に入って、中を探検した。
生徒も職員も誰もいないし、住み込みの事務員も、別に校舎の見回りにきたりはしない。
三階建て、三棟の校舎は、まるっきり無人で、ここを自由に歩き回るだけで、Hは冒険している気分になれた。
昼過ぎから、夕方まで校舎にいて、夜また行って、プールに入ったりもした。
そのうちに、友達も呼んでみたくなった。
1人はやっぱり少し怖いので、仲のいい友達なら呼んでやっても、Hの怪異探しを邪魔しない気がした。
Hに呼ばれて、鈴木誠も校舎へ忍び込むようになった。
Hと誠は、2人で、普段、立ち入り禁止になっている地下室を調べることにした。
体育館の下に地下室があるのだが、そこは立ち入り禁止になっていて、入れないのだ。
中へ行くためには、まず、職員室で鍵を借りてこないといけない。
用務員さんにお願いしても、貸してくれるわけはないので、職員室へこっそりし忍び込み必要がある。
2人で相談して、誠が廊下に見張りに立って、Hは1人で職員室へ入った。
地下室の扉の鍵はすぐに見つかった、普通に壁にかけてあったのだ。
鍵を手に入れた2人は、さっそく地下室へむかった。
体育館の地下1階は、生徒たちからは地下室と呼ばれている。
教師の話では、ここには、使わない、机や椅子がしまわれているらしい。
鍵を開けて、鉄製の大きな扉から地下室へ入った。
中は、埃っぽく真っ暗だ。空気が重い。
「なんかヘンなにおいがする」
「ああ」
2人は手をつないで、地下室を探検した。
教師の話の通り、地下には机や椅子がたくさん置かれていて、迷路のようになっていた。
日頃、ずっと閉められている地下だからか、二酸化炭素がたまっているのか、しばらくすると、Hも誠も呼吸が苦しく、ふらふらとしてきた。
互いにささえあって、なんとか立っている状態だ。
「気持ち悪いよ」
「やばいな、おい」
このままでは体が危ないのを2人は、本能的に感じていた。
「電気、つけよう」
Hは壁をさわって、スイッチを見つけ、蛍光灯をつけた。
室内にあかりがともる。
「きゃ!」
あかりにこたえるように、女の声がした。
Hと誠は顔を見合わせた。
こんなところに自分たち以外のものがいるわけがない。
「誰かいるぞ」
「声したよね?」
ささやきあい、体勢を低くして、周囲をうかがった。
積み上げられた机と椅子のせいで、周囲の様子がよくわからない。
「ちょっとオレ、見てくるから、誠はここにいろ」
「うん」
Hは誠を残して、奥へと張って行ってしまった。
誰かいるのか?
Hはそれが知りたかった。
「う、うん」
「はぁ-」
ガタガタ。
机や椅子の軋む音と、人の呼吸音がした。
だいたいどちらにいるかわかったので、Hはゆっくりとそちらへ進んだ。
そして、
「あ・・・!」
声をあげかけて、口に手の平をあてた。
ほんの数メートル先に、彼らはいた。
床に這いつくばるようにしているHの少し先に、机を並べ、寝台のようにした上に、裸の大人の男と女が並んでいた。
Hはまだ子供だったので、大人たちのしていることがよくわからない。
茫然としている、Hに机のうえの二人が気づいた。
男の方が、「チッ」と舌打ちし、女は照れたように笑った。
Hはあわてて全速力で、誠のところへ這って帰った。
戻ると、誠は床に倒れていた。
「起きろ。帰るぞ」
「う、うーん」
つらそうな誠に肩を貸して、2人はどうにか、地下室をでた。
「なにかあったの?」
「裸の男と女がいた」
「なにそれ?」
「オレにもわからん」
結局、職員室に鍵を無事返して、2人は校舎を後にした。
閉めきった地下室にいた男女は人間なのか、怪異なのか?
誠がこの話に自分なりに納得できる解をみつけたのは、これから30年以上すぎた後である。
END
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15話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
これまでのブログ同様、ご意見、ご感想、お待ちしてます。
今回の話は、私の少年時代の思い出がベースです。
今日も楽しいですね。