100-10 「みんなみてる」
100-10 「みんなみてる」
霊能者の仕事を続けるうちに、誠は何回かの入院を経験した。
いわゆる拝み屋をするまでは、入院などしたことはなかったのに、拝み屋になってからは、すぐに体調がおかしくなったり、倒れたりする。
敏感になっているのだろうか、それとも単に、年をとって弱くなっただけか。
誠は入院している時は、できるだけ、患者や看護師、医師から怪異の話を聞こうとする。
仕事どうのの前に、そもそもそういう話が好きだし、たしかに話の内容によっては、仕事の勉強になる場合もあるからだ。
疲れがたまったのか、めまいが激しくなる、みてもらいにいった病院で過労と判断され、入院した時に聞いた話だ。
誠は入院病棟の食堂で、昼下がりに、日向ぼっこをしながら、この話を聞いた。
相手は、半身にマヒがあるのか、動きにくそうに松葉杖を使っている、年長の男性だった。
「へぇ。そうかい。不思議な話を聞きたいのかい。
まぁ、こういう大きな病院には、そういう話はたくさんあると思うよ。
オレなんかも、こうして入院してると、おかしなめにあったりもするよ。
もともと俺は、二カ月くらいで退院するはずだったんだ。
それで一度退院しかけたところで、脳の別の血官が切れて、また死にかけて、入院延長。
治療もリハビリも一からやり直しだ。
一どころかマイナスからのリスタートになっちまった。
みての通り、なにしろ体が思うように動かない。
学校出てからずっと体が資本でやってきたのに、その体がこのザマじゃ自分で自分がイヤになるよ。
それでさ、いつ退院できるかわからないこんなふうになっちまって、さすがの俺ものんびり寝る気にもなれなくて、毎晩、長い間、ベットで半分寝てて、半分起きてるような時間を過ごしてるんだ。
だから、あんなものを見るのも、ある意味、自業自得なのかもしれないな。
そいつはさ、俺の隣のベットに入院してきた患者だったんだ。
歳はたぶん、俺より上だったと思う。
でも、変な言い方だけど元気そうなおっさんさだったぜ。
大工かなんかやってたみたいな、筋肉質で引き締まった体をしてた。
くわしくは知らないけど、外から見てもわからない、内臓か脳の病気で入院することになったらしい。
それで、そいつがさ、家族がたくさんいて、昼間は大勢の見舞客に囲まれてわいわい話してたんだ。
俺がこうして隣のベットで聞いてると、どうもズレてるんだよな。
言ってることがさ。
会話がかみ合ってない。
こいつ、ちょっとおかいんじゃねぇかと思ったね。
オレは聞いてるだけだけどさ。
夕方になって、まあとりあえず、見舞客は帰って、そいつは一人になった。
それからも、看護師さん相手に「自分はいつになったら、帰れるのか?」とか、わけわかんないこと聞いててさ。やっぱりおかしかった。
それでさ、夜になったら、いよいよ始まったんだよ。
やつがでかい声でずっと話してるんだ。
誰かって?相棒さんとさ。
もちろん、相棒さんなんてのは、ここにはいない。
姿は見えないし、声もしない。
なのに、あいつは誰かがそこにいるみたいに、そいつと、あ-だ、こ-だ、話してるんだ。
それを聞いてると、この二人は組でずっと解体業をしてきたみたいだった。
仕事の役割分担も決まってるみたいだ。
そいつはまるで、相棒と二人で現場にいるみたいな感じで、その日の作業について、話してた。
隣のベットで聞いてて、もちろん、気味が悪かったさ。
でも、急性期の患者が入る救急病院だからな、それなりにヤバイやつが来るのは、仕方がないだろ。
とりあえずオレは、お隣さんは頭がヤラレちまってるんだな、と思って黙ってたよ。
ずいぶん長いこと、相棒さんと相談した後、今度はいきなり、となりのベットでバキバキ音がして、俺は驚いてナースコールを押した。
普通の音じゃなかった。
実際、看護師さんが駆けつけた時には、隣のやつが、マットレスをはがして、ベットを解体してやがった。「なにしてるんですか!やめてください!」
「仕事だ。すぐ終わるから、心配するなよ」
「ダメです!やめください!」
「危ないから離れてろ!!」
会話は、看護師さんともかみ合ってない。
そのうえ、壁をはがしたいのか、今度はガンガンと蹴りはじめた。
オレは、やつと目を合わさないように気をつけながら、隣のベットから様子をうかがっていた。
すると、オレ以外にも別の部屋の患者たちが、何人もこの病室まできて、やつを眺めている。
4人部屋の病室が、やつが言う仕事との見物客のおかげで、10人以上の人のいる満員状態になっちまったんだ。
看護師さんもすぐに増えて、男女の看護師さん数人がかりで、やつを押さえつけ、ロープで身柄を拘束した。
「助けてくれ!俺は仕事中なんだ!!助けてー!!」
やつは大声を張り上げた。
本格的にイカレちまってるらしい。
「静かにしてくださいよ!他の患者さんも入院しておられるんですから!」
「他の患者? オレとこいつ以外、誰もいないぞ。どこに他のやつがいるんだ!?いるなら、つれてこいよ!」
やつの目には、自分と、隣にいるらしい相棒さん以外は、見えなくなってるらしい。
オレのことも、やつを周囲で見ている他の患者たちも目に入っていない。
そうこうしているうちに担当の医師がやってきた。
けど、やつはまともに話はできなかった。
「この状態では、朝になったら、御家族にきて頂いて、退院していただきます」
医師からの最終的なその宣告も、やつは、
「わけがわからん。なに言ってるんだ、こいつら」
と首をかしげていた。
やつはそれでも相棒さんとずっと話していたが、そのうち、睡眠薬でも飲まされたのか、おとなしくなった。
その夜は、オレも久しぶりにぐっすりと眠れた。
やつのおかげで疲れたんだな。
オレが目をさますと、やつはもういなくなっていた。
ベットもきれいになって、病室は、何事もなかったかのような状態だった。
オレが不思議に思うのは、あの時、やつの様子を見に、この病室にきていた連中のことだ。
オレは、別の病室の入院患者だとばかり思っていたが、あとで看護師に聞いてみると、あの晩、騒がしかったのはこの病室だけで、別の病室からこの病室にくるような者は誰もいなかったらしい。
しかも、オレはたしかに、他の連中がやつを眺めているのをこの目で見たんだが、看護師さんたちは、誰もそれを知らない、という。
俺は幻をみたのか? いまでも納得がいかない」
「あなたが、みたと言うなら、その人たちは、そこにいらしたんでしょうね」
「でも、看護師はみてねぇんだ」
「おかしな言い方ですけど、あなたにしかみえない人たちだったのかもしれませんよ?」
誠の言葉に、男はあきれたような顔をした。
「なんだい、そりゃ、お化けかい?」
「どうなんでしょうね。」
男は、鼻先で、「ふん、」と一つ笑った。
END
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10話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
これまでのブログ同様、ご意見、ご感想、お待ちしてます。
今日も楽しいですね。
私が入院していた時、こんな患者さんが隣りのベットにいました。
実際は、真夜中に彼と相棒さんの会話をえんえんと聞いているのは、けっこう怖かったです。
基本的に、独り言って、聞いてる方は、怖くないですか?