100-6 「タレント-3」
100-6 「タレント-3」
公演は無事終了した。
最初から聞いている話だと、誠たち、当日限りのスタッフは、舞台のセットの解体を手伝って、今日の仕事は終わりのはずだった。
ところが、お客さんたちがホールから退場していって、しばらくした後、現場の運営リーダーが、ステージの上にいるスタッフたちを呼び集めた。
「あのー今日、〇〇〇さんもOKしてくれたんで、これから店借りて、イベントやるんで、出れる人はこのまま、店に移動して引き続き、スタッフやってもらますか?」
退場した観客たちにロビーで、イベント会社の者が声をかけたら、ある程度の人数が集まったので、急遽、軽く飲みながらの怪談の会を近所の店で行うというのだ。
「スタッフさんは時給でまーす。ただ帰りは午前になりますんで、御了承ください」
「むこうで仕事はなにすればいいんですか?」
「ビルの上の階にある店なんで、そこに上がってくるお客さんを脅かしたり、後はトークを盛り上げるために、いろいろやってもらうと思います」
特に予定もないし、誠は最後まで付き合うことにした。
〇〇〇の話にも興味があった。
イベントは会場から徒歩5分ほどの場所にある、雑居ビルの最上階の飲み屋だった。
全部で100人弱は入るという店自体を借り切っての怪談トークショーだ。
お客さんには、店に入る時に、1人、3000円の入場料を頂く。
誠は、フランケンシュタインのゴムマスクをかぶって、階段のコーナーに体を隠し、お客さんが側にくるたびに、「わああああ!!」と奇声をあげ、脅かす仕事をした。
怪談LIVEにくるお客さんは、やはり、お化け屋敷へ行く人たちと観客層が一致するのかな。
「それほど集まらないか?」と思われたお客さんだが、意外に大勢きてくれた。
食べ物や、飲み物は、お客さん各自が店に注文するので、店の方も大忙しだ。
それに〇〇〇に魅力を感じているお客さんからすれば、ホールよりも、ずっと近い距離で、〇〇〇の話が聞けるのは、うれしいだろう。
開場してしばらくすると、ほぼ満員になった店内で、〇〇〇が話だす。青い顔をして、手首に包帯を巻いたマネージャーも〇〇〇の横に座っている。
「いやぁ、どうもどうもどうも。
きて下さって、ありがとうございますねぇ。
そうしたら、今夜はもう時間も遅くなったことだし、もし、よかったら、お酒でも飲みながらね、ちょっと、さっきの会場じゃお話できなかった、とっておきのお話をさせてもらおうかな、と思うんですよ。
にしても、みんなさんも、お好きですねぇ」
狭い会場のせいもあって、〇〇〇と観客の間には大ホールにはない親近感が漂っていた。誠たちスタッフは、会場の隅に立ってトークを聞いている。
「あのー、あたしね、XX城っていうゴールデンにやってる番組に出させて頂いてるんですよ。XX城ね、知ってますかね?あの番組で使われてるロケ地なんですけどね、あそこが・・・」
〇〇〇は当時毎週放送されていた高視聴率バラェティ番組のロケ地で起きた怪異譚について語った。その番組に出演している現役タレント本人が語る、実話怪談を、観客はみんな集中して聞いている。
話が終わると、客先からは拍手が起きた。
続けて、別の話、また、別の話と、〇〇〇は合計2時間弱も話し続けた、気づけば時刻は11時をすぎている。
「お客さん、飲みすぎてないですか?大丈夫ですか?じゃあ、そろそろ、終わりにしまょうかね。こうやって、近くでお話させていただくのも、また、いいもんですね。
本日は、ご来場、本当にありがとうございました。
お帰りはくれぐれもお気をつけて。
はい。あたし、また、こちらに来ますんでね、その時にお待ちしてますよ」
〇〇〇の人懐こい笑顔に、会場から、ひときわ大きな拍手が起きた。
イベントは終了し、〇〇〇とマネージャーは店から去って行った。
〇〇〇は、スタッフ1人1人の目をみて、「お疲れ様」と声をかけてくれる気配りの人だった。
誠はスタッフとして、最後は、店の片づけを手伝っていた。
結局、まる1日、朝から深夜まで〇〇〇の1日だった。
「お疲れ様です。昨日も遅かったから、2日、連続は大変でしょ?」
「鈴木さん、新人さんだしね」
女性スタッフたちに声をかけられ、誠は首を傾げや、
「昨日?昨日は、僕いませんでしたけど。
僕、今日がはじめてですよ?」
「え?鈴木さんですよね??昨日はK川のコンサートで、スタッフしてましたよね?」
「は?してないですけど??」
「えー!?鈴木さん、昨日、いましたよ!帰りに自転車の鍵をなくしたって、うろうろしてたじゃないですか!!自転車の鍵、あったんですか?」
「そうそう、わたしも聞かれた。僕の鍵、知りませんか? って」
女性スタッフ2人は、昨日、別のアーティストのコンサートスタッフとして誠と一緒に働いたと言い張る。
誠にそんな記憶はない。
「いた。絶対いたよ」
「一緒に働いたじゃないですか」
2人があまりに言うので、誠は、運営会社の男性社員に尋ねた。
「僕、昨日、来てないでないですよね?」
「は??いましたよー。お話したじゃないですか!」
その男性も、昨日も誠と働いたと言う。
誠自身、そんな記憶はまったくなかった。
昨日は、普通に自分の事務所で、客もこずに開店休業の状態だった。
「おいおい。怪異って、こういうのもアリかよ。」
その3人がけっして譲らないので、誠は抵抗するのをやめた。
「鈴木さんは、昨日もうちの会社のスタッフとして働いていた」
それが彼らの主張である。
結局、しばらく後に、この会社からこの日のギャラを渡されたが、誠のギャラは、この日、1日分だけでなく、働いた記憶のない前日のギャラも加えられていた。
「あの、僕、こっちの日、現場、行ってないんですけど?」
「それな、みんな、鈴木さんいたって言ってるから、いいよ。もらっときな」
「ありがとうございます」
半ば、押しつけるような形で渡せられたギャラを誠は懐にしまった。
誠は首を傾げ、つぶやいた。
「ドッペルベンガー?」
出会うと死期が早まるというもう1人の自分、ドッペルベンガー。
END
☆☆☆☆☆
6話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
ご意見、ご感想、お待ちしてます。
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タレントの〇〇〇のモデルは稲川淳二御大です。
タレント1-3は、私の高校時代の実話がもとになっています。
ドッペルベンガーの話も、以前、自分が経験したものです。
稲川淳二御大は、映像作品「恐怖の現場シリーズ」などみても、約30年前のあの頃と変わらず、収録の現場自体を霊体験の場所にしてしまう方ですね。
周囲にいる普通の人が大変だと思いますが、周囲への気配りが素晴らしい、人徳のある方なので、まわりがついていくのでしょうね。