100-66 フィーリング
100-66 フィーリング
Xさんは有名な僧侶のお孫さんだった。
Xさんのおじいさんが住職をされているお寺は有名で、TV番組で特集が組まれたこともあるほどだ。
だからか、Xさんは宗教や霊というものを信じていない。
高僧だったおじいさんは、いまは痴呆老人になって施設に入っているし、おじいさんの子供たちも、孫たちも、おじさんの後を継いで住職になったYさんのお兄さんも含めて、
「みんな、全然、すごくないの。
普通の人よ。
一言で言えば、欲のかたまり。
お兄ちゃんも仕事で住職をしてるだけで、毎晩、夜のクラブ活動で忙しいし。
おじいちゃんが亡くなれば、おじいちゃんの遺産をめぐって、裁判で争うことになるのは目に見えてるわ。
お寺で生まれて育ったけど、心霊体験なんて、したことない。
本当に、そんな、信じられない不思議なことってあるのかしら」
誠はたまたま、Xさんが勤めている店で、アルバイトをしていたことがある。
それなりに時給がよく、責任のある仕事だったので、バイトの面接に受かる自信はなかったのだが、誠は合格した。
面接を担当したYさんが後に語った選考理由は、
「フィーリングよ」
だった。
何事もそんな感じでフィーリングで生きているXさんなので、側にいて面食らうことも多かった。
ある時、Xさんが急に姿を消した。
連絡が取れず、会社も無断欠勤だ。
誠たち、他のスタッフがXさんの身を案じていたが、なんの連絡もなく日々がすぎていった。
数週間後にXさんは、帰ってきた。
なにごともなかったように、出社してきたのである。
「あのね。
すぐそこの交差点を歩いていたら、道をきかれたのね。
そうしたら話があったんで、一緒にご飯を食べて、で、そのまま九州までついてっちゃって、一緒に帰っちゃった。
九州でホテルを取って、しばらくその人たちと遊んでたの。
すごく楽しかったわ。
でね、お金がなくなったんで、帰ってきたの」
Xさんが、ケロリとそんな話をしても許してしまう会社も会社だが、この小さな会社の社長は、当時、高校生の頃のXさんを自分の会社にアルバイトスタッフとして雇い入れ、以来、今日まで二人三脚で事業をやってきたのだという。
誠はその場にはいなかったが、古参のスタッフによると、Xさんは他にも、これまで突然、何か月も会社にこなくなったこともあり、それもすべて、
「フィーリング」
ですまされており、社長はそれでも、Xさんへの不満、不信を口にするスタッフはヘタをすれば解雇するほど、Xさんをかわいがっているのだという。
「鈴木さんは、霊能者の能力があるんでしょう。
どうしてそれ一本でやっていかないの?」
「それは、お客さんがいればやっていけますけど、なかなか霊能者一本では」
「それはダメよ。
自分がそれで行きたかったら、値段を上げてでも、そうしていくべきよ」
「値段をあげたら、誰もこなくなりますよ」
「いいえ、そんなことないわ。
フィーリングよ。
もっと、勇気を持って」
Xさんと話をすると、毎回そんな調子だった。
Xさんは、独身男性だが、物腰が柔らかく、フェミニンな感じの人だった。
数年後、時間の都合などがあって、誠はそのバイトを辞めた。
その後、きいた噂では、Xさんがまた出社しなくなり、そのまま、しばらくしてから、なにごともなかったように職場復帰をして、ついにXさんの素行に我慢できなくなったスタッフたちが、一斉に社を辞めてしまったとのことだ。
すっかり人のいなくなった社をXさんは、社長とそれこそ2人きりの感じでやっているらしい。
誠がたまたま会社の前を通りかかるとXさんがそこにいた。
「鈴木さん、お元気?」
あちらから声をかけてきた。
「どうも、ごぶさたしてます。
Xさん、いろいろ噂をきいたんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫ってなにが?」
「会社の、その、人員とか?」
「人員? ああ、みんな辞めちゃったこと? それなら、気にしてないわ。
あの子たちは、しょせんそこまでの人たちだったのよ。
気にしてあげる価値もないわ」
おそらく、多くの人が退社した理由はこの人にあるのに、この人はまるで気にしている素振りをみせない。
やっぱり、この人は、おかしい。
「いま、社長とXさん2人で、やってけるんですか?」
「いけるわよ。
全然、平気」
Xさんの笑顔はさわやかだった。
「鈴木くんも、早く霊能者だけで食えるといいわね」
「いえ、それは目指してないので」
「そうかしら。
あきらめちゃだめよ。
じゃ、わたし、人を待たせてるんで、行くわね」
この後、楽しい予定でもあるのか、Xさんの雰囲気は、うきうきしていた。
「デートですか?」
誠はつい、聞いてしまった。
「うふ。
大事な人と会うんです。
それだけ」
Xさんは、ウインクをして誠から離れていった。
Xさんの華奢な後姿を誠が眺めていると、むこうの通りから体格のいい、ワイルド系の服装の青年が、Xさ
んのところに近付いてきた。
そして、横からXさんの首に腕をまわし、唇をよせて、そのまま、路上で軽くキスをした。
目の前の光景に、誠は、怖さと、不思議な感覚に襲われた。
END
☆☆☆☆☆
66話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
僕が田舎者なのか、ゲイの人やレインボー(性別を超越した人)の人に会うと、戸惑うことが多いです。
ヘタな心霊体験よりも驚きます。
これって、差別ですかね? だとしたら、すみません。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。