100-16 「女屋-2」
100-16 「女屋-2」
「血はうめぇなぁ」
「ああ、うまいよ」
「自分の血を自分で飲んでるんだから、問題ない」
「ああ、問題ないよ」
小学校の同級生たちが、自分の血液を飲んで、うれしそうにつぶやいている。
誠はそれをみて、ぞっとした。
「女屋-1」の出来事と同じ頃、誠は、同級生から、ある噂を聞いた。
市民センターには人間でないモノが住んでいる、という噂だ。
市民センターの最上階には、普段は使われていない物置的なスペースがあって、そこには棺があり、生きている死者がいるらしい、という。
誠にその噂を教えてくれた友達たちは、それは吸血鬼だと言った。
女の吸血鬼がいるのだそうだ。
誠はHとの経験もあったので、もしかしたら、市民センターにも本当になにかがいるかもしれない、と思った。
そんな噂が低学年の小学生たちに広まっていたこの頃、誠のまわりでは、吸血遊びが流行していた。
これは遊びというか、本当に血を吸うのだ。
肘の内側だったり、指先だったりに、自分で噛んだりして、小さな傷をつけ、そこから自分の血を吸う。
休み時間などに、校庭の片隅に集まって血を吸ったりしている。
誠は誘われても、自分でやる気にはなれなかったし、みんなが言うようにそれが、安全で、大丈夫な行為だとも思えなかった。
「血を吸うといいことあるの?」
「だって、そうすれば、オレも吸血鬼じゃん」
「吸血鬼の仲間になれるんだよ」
少年たちにそう言われても、誠は吸血鬼になりたいとは思わなかった。
「市民センターにいる女が、どうして、吸血鬼だって、わかるのさ」
「だって、見た人いるらしいよ」
「それ、普段は、棺桶の中で眠ってるんだよね」
「ああ、だから、寝ている時に、心臓を釘で打ち抜けば、殺せるって」
「殺すの?」
「いや、オレらは殺さんけど、やろうと思えば殺せるみたいだぞ」
市民センターの吸血鬼は殺せる。
みんなの噂を総合するとそうなる。
殺せるなら、そんなに怖くない。
誠はそう思った。
夏休みに、Hと行った地下室には、裸の男と女がいた(と、Hが言っていた)。
市民センターには、女の吸血鬼が棺にn眠っている。
他にも市民住宅には、女の幽霊がでるらしい。
誠が住むこの街は、怪しい女の噂ばかりだ。
なんでそんなものが、あちこちをうろうろしているのか、誠は気になった。
これは、先生や親に聞いても解決しない問題だと思った。
Hとの地下室の件も、あの後、Hや誠の親にそれとなく話してみたが、「まぁ、夏休みなら、そういうことしてる人もいるかもな」などと言われ、Hと誠が入るまでは、鍵がかかっていたはずの地下室に男と女がいたのが、不思議なのに、誰もそのことを気にしていなかった。
市民センターの吸血鬼も、親に相談しても、「まぁ、そういうのもいるかもな」とか言われるんだろうか。
誠は市民センターへ探検へゆくことにした。
もし、吸血鬼を見つけたら、殺せるなら、殺そうと思った。
友達は楽しそうにやっているが、例え自分のでも、人間の血を吸うのはおかしい。
学校でヘンな遊びが流行るのも、あちこちで怪しいことが起きるのも、みんな、吸血鬼の仕業だ。
だって、吸血鬼は偉い怪物なんだから。
そして、平日の昼間、誠は1人で市民センターへむかった。
友達を連れてゆくのはやめた。
吸血鬼とは命がけの戦いになるかもしれないので、他の人を巻き込みたくない。
平日の市民センターは、人気もなく、がらんとしていた。
誠は、エレベーターで5階までのぼり、最上階の6階へは、階段を使うことにした。
6階は普段は、閉鎖されていて、エレベーターではいけないのだ。
階段をのぼって、6階まできあた。
鉄製の非常扉が閉じている。
ここであきらめるわけにはいかないので、誠は、扉を手っで押したり、引いたりしてみた。
扉は開いた。
誠は6階のフロアへ入った。
「ほんとに棺桶、あるよ」
思わず口にしてしまった。
うげっと悲鳴をあげそうになった。
6階の床の上には、木でできた棺桶が置かれていた。
一瞬、誠は逃げだしそうになったが、なんとか、勇気を奮い起こして踏みとどまった。
棺桶はあった。
後は、この中に吸血鬼がいるか、どうか、だ。
誠は棺桶に近づいた。
映画などにでてくる、ドラキュラがはいっていそうな黒い棺桶だ。
側まできて手をのばす。
蓋を外せば、そこに女の吸血鬼が・・・
誠は覚悟を決めて、両手で蓋をつかみ、放り投げた。
意外に軽かった蓋が、遠くへ飛んでいく。
「うりゃ」
威勢よく、蓋を開けた後、そこには。
棺桶の中は、カラだった。
「コラッ。なにをしとるんだ」
廊下に怒声が響き渡った。
ドアが開き、6階の施設を使っていたらしい、背広姿の中年男性が、誠の前に現れた。
がっしりとした体格のいいおじさんだ。
顔を赤くして、誠をにらんでいる。
「おまえ、どこの子供だ。こんなところで、なにをしてるんだ」
「す、すみません。ぼくは、A小の」
「ここで、なにをしてる」
「え、棺桶に女の吸血鬼がいるって聞いて、退治しにきました」
「なんだとぉ」
「あ、すみません」
誠は頭をさげてひたすら謝った。
自分よりも全然体格のいい、このおじさんにかなうとは思えなかった。
「吸血鬼、だと」
「だって、市民住宅にも女の幽霊がでるし、学校の地下にも裸の男と女がいるし、ここには女吸血鬼がいるって」
「子供の噂か」
「は、はい」
おじさんは、誠の言葉に深く頷いた。
「子供たちの間でも、噂になってるのか」
おじさんは遠い目をして、視線を中空にさまよわせた。
「女の幽霊がでたり、女が棺桶にはいっていたり、男と女が裸で寝てるのは、仕方がない。
このへんは、女家(おんなや)だからな」
「おんな、や」
「もう昔の話だ。子供は、そんな言葉を口にしちゃいかん。
いいか、ここには、なんにもないぞ。
その棺桶は、劇団が芝居で使った大道具だ。
吸血鬼なんかおらんぞ。
忘れなさい」
「は、はい」
おじさんに押されるようにして、誠は6階をでた。
「おんなや」
その言葉は、それからずっと、誠の記憶に残り続けた。
END
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16話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
これまでのブログ同様、ご意見、ご感想、お待ちしてます。
私の郷里の歴史的文化がらみの怪談です。
怪談に歴史ありです。
今日も楽しいですね。