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100-85 宗教

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100-85 宗教

霊能者鈴木誠のもとを訪れた青年は、美形だった。

高級そうなスーツ、靴、腕時計、趣味のよいネクタイ、整えられた髪、つややかな肌。手入れされた爪と、漂ってくるコロンの匂いも安っぽくなく、そちらの趣味のない誠が見ても男性としての色気を感じさせる、どこか中性的な青年である。

「霊能者さんに興味があってお邪魔しました。

鈴木先生、私のお話を聞いていただけますか?」

物腰も柔らかかった。

訪問する間にまず数日前にメールが届き、誠がメールで対応して、面会の日時を決めた後、当日の訪問の数時間前に本人から確認の電話があった。

上品なていねいさを感じさせる口調だった。

「はじめまして、Yさん。

あの、僕のことは鈴木でいいです。

敬称をつけてくださるなら、鈴木さんでお願いします。

メールを読ませいただいたんですが、Yさんはお坊さんなんですよね?」

「はい。

祖父が有名な僧侶でした。

私も兄も僧侶をしております」

「そのようなある意味、由緒正しい僧侶の方が、僕のような市井の霊能者に一体なんの御用なんでしょう?」

「それでは鈴木さんと呼ばせていただきますね。

鈴木さん、現代日本で僧侶であることに意味があると思いますか?」

いきなり聞かれても、すんなりと答えが出せる質問ではなかった。

「鈴木さんは、霊はみえますか?

いわゆる心霊体験はたくさんされたのですか?

霊と話したことはありますか?」

やつぎばやに質問されて、誠は言葉を失った。

美貌の青年僧侶には、まじめさゆえの危うさを感じさせる雰囲気があった。

「私が育った家は大きなお寺です。

祖父があの寺を豊かにしたのです。

いまでは時にテレビ番組で取り上げられるほどの立派な寺院です。

見たところは。

寺の名前は「   」といいます」

誠もその名前におぼえがあった。

この近隣にあるかなりの広さを持つ立派な寺だった。檀家もたくさんいることだろう。

「知ってますよ。立派なお寺ですよね。あなたのおじいさんは、僧侶としてかなり位の高いお方だったはずだ」

誠の言葉にYは、眉をひそめた。

「祖父も兄も私も、僧侶は職業にすぎません。

寺院は祖父の欲が築いた財です。

その祖父もいまでは介護老人施設にいるただの痴呆老人です。

私が会いに行っても、誰なのかもわからない。自分の名前も満足に言えない。

住職様として檀家さんたちに崇められて、あの手この手で財産をためこんで、あげくがあれじゃぁ、あの人はなんのために生きてきたんですかね。

僧侶になったことに意味はあったんでしょうか?

もうすぐあの人が亡くなれば、家族親戚一同で裁判沙汰も含めた争いになって残された財産の奪い合いになります。

本人はそうなることもわからないくらい、ボケてしまって幸せかも」

「厳しいですね」

「私は子供の頃からずっと、お坊さんはなんの役にも立たないのにお金がもらえる楽な仕事で、でも自分はその家に生まれたから、いつかその仕事を継ぐんだと思って生きてきて、その通りになったんです。

鈴木さんは、宗教で生きることをどう思いますか?」

「僕は、霊能者と言っても、現実にそれに困っている人のお悩みを解決するのを手伝うのが主な仕事ですから、宗教そのものとはあまり関係が深くなくて、生きる上の心の支えとして、それを大切にしている人にはなくてはならないものだと思います。

けれども、それを職業とし、その化身として生きるのは普通の人間には荷の重い仕事だと思いますね」

Yが整いすぎた顔立ち、澄んだ目で誠をまっすぐに見つめてきたので、誠はドキリとしてしまった。

「失礼な質問をしてもいいでしょうか?」

「ど、どうぞ。なんでも聞いてください」

「鈴木さん、あなたは本物の霊能者ですか?

インチキではありませんか?」

面と向かってそう聞かれて、思わず誠は笑ってしまった。

「なにがおかしいんです?」

「いやあの、スプーンでも曲げられればいいんでしょうけど、あいにく僕にはそういったわかりやすい特殊能力はないし、さて、どうしようかな、と」

「インチキならインチキだと言って下さい。

他の誰にも言いません」

真剣な面持ちのYの前で誠はぺこりと頭を下げた。

「すみません。

残念ながら、インチキではございません。

そうですね。

悩めるまじめな僧侶のあなたのために、本日はこの後、僕の仕事に御同行願えないでしょうか?」

「え?私も行っていいんですか?」

「はい。せっかくですから、お経を唱えてもらうかもしれません。いいですか?」

Yがあっさり話に乗ってきたので、誠は今日これから行く予定だった依頼者のお宅へ、Yを同行させることにした。

先日、本人に会ったこの件の依頼人は、フレンドリーな人物だったので、応援としてYを一緒に連れて行っても問題はなく思われた。

 

S子さんは、亡くなった父親が持っていたマンションの1室を譲られた。

生前、父がそんな部屋を持っていたことをS子さんは知らなかったが、母は知っていたらしかった。

「ワケありの部屋なのであなたにあげる。

好きにして」

母親にそう言われて鍵を渡されたマンションは、築年数も長く、中も外も古びいたものだった。

とりあえず、家賃無料の自由にできる住まいができたのを喜んだS子さんだったが、実際、そこで1人で暮らしてみると、でた。

部屋につく前にエレベーターの中にはいつの間にか壁を向いて顔を見せない長髪の女がいつも乗っている。

マンション内の長い廊下には深夜でも三輪車が置かれていて、時には誰も乗っていないそれが動いている。

部屋に入ると、消したはずのあかりやテレビがついている。風呂の水がでている。カーテンが開いている。

夜1人で部屋にいると誰かの気配がする。

鏡ごしに自分の背後に人影を見て、振り返ると誰もいない。

シャワー中には背後から誰かに髪をさわられた。

「あの部屋は一体、なんなの?」

と母に聞くと、父が愛人を住まわせていた部屋だと言う。

それも1人でなく何人もの愛人が住んできた部屋で、そこで亡くなった人もいるらしい。

以前は、父の父、つまりS子さんの祖父がそうした相手のために使っていた部屋なのだそうだ。

祖父はここで相手の女と無理心中させられそうになったこともあるらしい。

「とりあえず、来るだけきてくれ」

と頼まれた誠はその部屋を訪れることにした。

道中、Yにはおおよその話をしておく。

「除霊するのですか?」

「いや、行ってみないと僕になにができるかはわかりません」

「これは大仕事ですね」

Yはこの状況に興奮しているようだった。

Yの宗派では加持祈祷を専門にする僧侶はいても、誠のような町に拝み屋をなりわいにしてるものはいないらしい。

「悪霊に真言は効くのですか?」

「さぁ、僕は別に手からビームがでたりするわけじゃありませんから」

誠はいつものように自然体だった。

霊現象が相手でも普通の人間相手の交渉と同じで、なるようにしかならないと思っている。交渉事はまず相手の性格あってだ。当然、相性というものもある。 

マンションに着き、エントランスを抜けてエレベーターでS子さんの部屋がある最上階へ向かう。

「話していた通り、いますね」

「え?」

誠にはエレベータにいる壁を向いた髪の長い女が見えた。

しかしYには見えていないらしい。

エレベータがつき、部屋に向かう間には、三輪車どころか、子供も大人もあきらかに現実に生きている人ではないものたちが大勢で廊下をウロウロしていた。

どうやらここは霊のたまり場になっているようだ。

「鈴木さん、ここの空気が悪いのは私にもわかります。

こんなところにいて、鈴木さんや私には害はないんでしょうか?」

ただならぬ雰囲気にYは戸惑っている。

「これで害を受けたり、もし、死んだりしてもそれは僕の仕事ですから。

御気分が悪いようなら、Yさん、帰られますか?」

誠が訪ねると、Yは少し黙って考えた後、首をタテに振った。

「すみません。

ここには私の出る幕がないのがわかりました。

私が生活のための職業としている宗教はこうした現場では役に立つものではないようです。

尻尾を巻いて逃げだす私をお許しください。

鈴木さんのおかげで、ある意味、自分のしていることがなんなのかわかった気がします。

すみませんでした。

失礼しました」

「いいえ。別に僕はそれでいいと思いますよ」

誠に見送られ、Yは1人で来た道を帰って行った。

誠はそのままS子の部屋へ行き、その日の仕事を済ませたのだった。

 

END

 

☆☆☆☆☆
 
85話めは以上です。

実話がベースなので、Yのようなお坊さんは実在します。

ただ、読み物として今回は他の怪談ではあまり見ないテイストの作品になったのでは、と思います。

楽しんで頂ければ幸いです。

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