100-75 早九字-2
100-75 早九字-2
廃マンションで倒れた誠は、そのまま意識を取り戻さなかったので、Kたちが学校まで誠を運び、そこで救急車が呼ばれた。
結局、誠はしばらく入院することになり、Kたちは教師たちから注意を受けた。
しかし、霊能者である誠に、霊力? で勝ったということで、Kは自分の力に自信を持ったし、一緒にいった友達たちも、Kはすごい、本物だと周囲に話して聞かせて、Kは学校ではすっかり霊能者扱いされるようになってしまった。
例えば、放課後、女子生徒に呼び出され、
「実は、私の家、夜中になると天井裏から話声が聞こえるの。
その声を録音したんだけど、Kくん、聞いてくれる?」
とか、
「私が子供の頃に亡くなった私のお兄ちゃんが、いまでも、お母さんに会いにきてるらしいの。お母さんが心配だから、Kくん、一度、家にきて」
大人で、非常勤とはいえ教員の誠には話しにくかったであろう霊的な相談が、次々とKのところへ寄せられることになった。
実際、どこへ行っても、Kにできるのは早九字を唱えるだけだったが、それでも、効果はあったらしく、K自身が驚くほど感謝されることもあった。
「オレ、霊能者の才能あるかも。
そうだな。鈴木先生よりはあるよな、たぶん」
Kたちは誠の病院へ見舞いに行こうとしたが、誠自身からそれは必要ないと学校へ連絡がきたので、そのままだった。
誠が学校へこなくなって、二、三カ月もすぎた頃、Kの耳にまたあのマンションの噂が届いた。
近頃、あのマンションでは夜、あやしげな儀式を行っている連中がいるらしいという噂だ。
誰もいないはずのマンションが、夜、あかりがついているのを見たという、目撃談もあった。
「あそこの霊は、オレは除霊したはずなのに、まだ消えてなかったのか?」
Kは妙な責任感を感じた。
鈴木先生を入院させてしまった以上、あそこはオレが安全にしなければならない。
友達に再びあのマンションを訪れることを告げると、何人かが、一緒に行くと言ってくれた。
Kは友達たちと、今度は週末の深夜、あのマンションを訪れた。
外からみても、中のあかりは確認できなかった。
前回と同じく、壊れている1階のエントランスから建物に入った。
深夜の零時をまわっているからだろう。
闇は深く、それぞれが持ってきたライトがなければ、なにも見えない。
Kを先頭に以前と同じコースを歩いた。
そして。
以前、後ろからついてくる足音が聞こえはじめた場所あたりで、また、
ペタ。ペタ。ペタ。
「足音がする」
Kは足音に気づいた。
以前のと変わらない、軽い足音が、少年たちの後をついてきている。
が、今回はそれだけでは、なかった。
ペタ。ペタ。
ペタ。ペタ。ペタ。ペタ。
ペタ。ペタ。ペタ。
ペタ。ペタ。ペタ。ペタ。ペタ。ペタ。ペタ。
ペタ。ペタ。
ペタ。ペタ。ペタ。ペタ。
ペタ。ペタ。ペタ。
ペタ。
足音は1人ではなく、数人分の足音が、マンションのあちこちを歩き回っている感じがした。
「ヤベェ。
オレら、悪霊に、囲まれてるよ!」
「うわわわわわ、
Kなんとかしてくれよ!」
「呪われる~!!」
パニック状態になった少年たちの中で、Kはそれでも落ち着いて考えていた。
この間の時のように、一体一体影を見つけて早九字を唱えていけば、除霊できるはずだ。
「みんな、ここにいてくれ。
オレ、行ってくる」
Kは足音のする方向へ暗闇の中、駈け出した。
ペタ。ペタ。
ペタ。ペタ。ペタ。ペタ。
ペタ。ペタ。ペタ。
近づくと足音は大きくなっていった。
何人いるんだ?
けっして一人ではない、複数人がすぐ側を歩いている。
闇の中、誰の姿も見えない。
ただ、足音だけがした。
もうこうなったら。
Kは足を止め、意識を集中して指を組んで印を作った。同時に。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
Kが早九字を唱え終えると、ぴたりと足音が止んだ。
が、
しゅー。しゅー。しゅー。しゅー。
しゅー。しゅー。しゅー。
しゅー。しゅー。
しゅー。
誰かが苦しげに息を吐いているような音が、何人分もあたりに響きはじめた。
それは急速に大きくなり、増えていった。
Kはもう一度、早九字を唱えようと印を組んだが、呪文を唱える前に、背後の闇からでてきた手に口を押えられた。
「これ以上、挑発してはいけない。
取り返しのつかないことになるぞ」
「す、鈴木、先生!?」
いつの間にか、Kの背後には誠が立っていた。
「そのうちまた、きみがここにくると思って、そんなことがあったら、連絡してくれるように、きみのご両親に頼んだんだ。
今夜、電話がきたんで、こうしてきてみた。
きみがしてるのは、戦う気のない相手に不意打ちでパンチを喰らわせる行為だ。
そんなことをし続ければ、いつかはやり返されるし、相手の不評を買うのは当然だろ。
ただ、きみの場合は、もともと生まれながらに、そういった力が強い、ってのある。
だから、よけいにやっかいなんだが」
誠の話に、Kはただ頷いた。
「先生。
オレ、どうすればいいんですか?」
「とりあえずは、ここの人たちに謝って許してもらうことだね。
でも、やり方がわからないだろう?
手伝うよ。
この建物で、過去に起きた事件について少しは調べたかい?」
「いいえ。すみません」
「この建物は、誰も住まないまま放置されていて、ホームレスの寝床になったんだ。
それだけならよかったんだが、そこで心無い人が、夜、寝ていたホームレスの人たちに火をつけて殺害してしまったんだ。
それも、1人や2人でなく、その日、ここにいたホームレスほぼ全員に灯油をかけて火をつけたんだ。
男性も女性も、若い人も老人もいた。
こんな場所での出来事だからか、警察が事件があったのに気づいたのも、しばらくたってからだったし、遺体の損傷もひどくて、結局、くわしいことはわからないまま、事件は風化している。
そんなところで、早九字なんて」
「ごめんなさい」
Kは頭をさげた。
「僕はこの間の後、警察でここでの事件について調べたよ。
さぁ」
誠は手にしていた水のペットボトルをKに渡した。
誠の手には日本酒の瓶があり、誠が持っている袋には水と酒が数本は入っていた。
「仲間もいるんだろ?
みんなで、水と酒を巻いて回ろう。
基本、ここは被害者の方達のお墓みたいなものなんだから、墓参りするのと同じことだ。
暗闇で掃除は、さすがに無理だから、まずは」
「はい」
Kの耳には、もうさっきの呼吸音は、聞こえなかった。
以前は対抗心があった誠にも、申し訳なさを感じていた。
Kは誠と仲間たちのところへ戻り、今度はみんなで誠が用意した水を酒を巻きながら、マンション内をまわった。
足音は聞こえてこなかった。
三つの棟をまわり終えた頃、そろそろ朝日が射しはじめた。
「なにもしていない霊を挑発するような行為はしないこと。
いいね」
最後に、誠は少年たちにそう伝えて、その日は解散になった。
Kは誠と並んで歩いて自分の家へむかった。
と、むこうから、Kと誠のところへ歩み寄ってきたのは、
「おじいちゃん!?」
「どうも、お久しぶりです。
お孫さん、ですよね?」
「ああ、鈴木さん。面倒をおかけしてすまない。
わしからもよく言って聞かせますよ。
それに、こいつがしたことの後始末もわしがしないとな」
Kの祖父は誠と旧知の間柄らしかった。
祖父は、Kの背中を後ろからばしんと強く叩いた。
「な、なんで、じいちゃんが。
どういうこと?」
Kの疑問が解け、そして、大いなる試練に立ち向かうことになるのは、まだまだこれからである。
END
☆☆☆☆☆
75話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
近所の廃墟や心霊スポットの由来、履歴を調べてみると意外な事実が隠されていることがあります。
時にはそれが知らなくてもよかった事実の場合もあるのは、人間と同じですよね。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。