100-45 もしもし
100-45 もしもし
いまは40代のTさんが子供の頃の話だ。
Tさんは女性である。
Tさんのお父さんは、反社会的勢力の幹部だった。
過去には懲役刑を受けたこともあり、全身に入れ墨を入れていて、手の指は何本かなかった。
お父さんは、長い刑を終えた後は、表向きは組を引退して、でも、実際は組と関係のある地元のパチンコチェーンのマネージャになった。
毎日、夕方にタクシシーでホールへでかけていき、夜遅くにタクシーで家に帰ってきた。
Tさんは、そんなお父さんをカッコイイと思い、憧れていた。
警察はお父さんや仲間の人を捕まえる連中だから、嫌いだった。
Tさんの家には、よく警察から電話があった。
まだ携帯電話などない時代だ。
曜日、時間に関係なく、警察からTさんの家に電話がかかってくる。
そして、お父さんが家にいるかどうか確認して、いる、と教えると、お父さんを電話口に呼んで話をする。
時にはその話が長くなることもあって、お父さんは迷惑そうだった。
ある時、Tさんは妹と一緒に、警察に電話をしてみた。
いつも家に電話してくる警察に、反対にこちらから電話して、でたら、間違いでした、と答えて切ってやろう、と思った。
「はい。〇〇中央署です」
警察はワンコールででた。
「すいません。間違いました」
予定通りの言葉を口にして、Tさんは電話を切った。
すぐに妹にも同じことをさせた。
妹も無事に成功した。
これまで父さんをいじめてきた警察にやり返せた気がして、楽しかった。
姉妹でかわりばんこに何回も警察へ電話した。
途中からは、向こうが電話にでるのと同時に切るようになった。
そして、しばらくした頃、ちょうど、受話器を置いた電話機を2人が眺めていると、電話が鳴った。
「警察だ。バレたんだ」
「ヤバイ。逆探知されたかも」
刑事ドラマで得た知識で、2人は、警察がこの家を突き止めて逆に電話してきたのだと考えた。
「逮捕されるかもしれない」
「でちゃダメ」
2人はなり続ける電話機を無視して、別の部屋へ移動した。
別の部屋でTVをつけて、電話は放っておいた。
と、
「はい。もしもし、Hですが?」
いままで別の部屋にいあたお母さんが電話に気づいて、受話器を取った。
2人は、お母さんに怒られるのを覚悟して、電話の会話に耳をすましていた。
しかし、
ガチャ。
お母さんは、すぐに受話器をおろしてしまった。
2人がいる部屋にお母さんが入ってきた。
「ねぇ、いまのなんの電話だったの?」
なにげない感じでTさんはお母さんにきいた。
「うん、間違い電話みたい。
何にも言わないで切れたよ。
あんたたちも変な電話がきたら、気ってもいいからね」
Tさんの家には、お父さんの仕事柄、苦情をわめいたり、また、わけのわからない内容の電話もよくかかってきた。
お母さんは、いまのもそういう電話の一つだと思ったらしい。
すぐにまた、電話がなった。
お母さんが目の前にいるので、Tさんは仕方なく電話にでた。
受話器をあげ、
「もしもし」
電話はなにも言わずに切れた。
Tさんは、背筋が寒くなった。
不気味だった。
その日、それから、何度も電話があったが、Tさんか、妹がでると、電話はすべて無言で切れた。
Tさんたち姉妹は、警察が自分たちにやり返してるんだと思った。
お父さんもよく、警察は汚い、と言っていた。
きっと、これは先にいたずら電話をした自分達へのいやがらせに違いない。
Tさんら姉妹は電話に敏感になった。
家の電話が鳴ると姉妹のどちらかが、われ先に駆けつけてでるようになった。
鳴りだす前に気づいてとることも多かった。
両親はそんな子供たちの様子をおかしく感じていたらしい。
ある日、いつものように電話の気配を感じたTさんが受話器を取ろうとすると、お父さんが手をのばして、それを取り上げた。
「その電話はもうならないから、気にしなくていいよ。
契約を解除したんだ。
お父さんの仕事の電話は、会社の事務所の電話にしてもらうようにしたから、家に電話はいらない」
ずいぶん乱暴な話だが、いまから40年前なら、そんな家があっても、まだおかしくはない時代ではあった。
「じゃ、家の電話は鳴らないの?」
「ああ。鳴らないよ。だから、でなくていい。電話はまたいつか使うかもしれないから、このままにしておくよ」
お父さんにそう言われて姉妹は安心した。
だが、その後も2人は電話が鳴る気配を感じて、受話器を取ることがあった。
取っても、もちろん、なんの音もしまかった。
そんなある日、また電話の気配を感じて、Tさんは反射的に受話器を取った。
あ、また間違えた。これ、つながらないんだよね。
すぐに受話器を戻そうとしたその時、
「もしもし」
女の人の声がした。
「もしもし」
Tさんはつい、言いかえしていた。
それ以上の言葉は返ってこなかった。
電話を切って、お母さんにいまの話をしても、その電話機はつながっていないから、声がするはずがない、と相手にしてくれなかった。
でも、Tさんは、はっきりとさっきの声をおぼえていたので、妹に、あの電話には絶対に出ちゃダメ、女のお化けの声がすると伝えた。
それからも、しばらくは、姉妹が電話の気配を感じることがあったが、お互いにけっして出ないようにしたという。
「おかしんですよ。出ないで無視してると電話が鳴るんです。
つながってないのに。
私も妹も家族みんなが、その音をききました。
お父さんが、混乱してるな、とか言ってましたけど、そんなことあるわけないですよね」
Tさんは、いまでもたまに、実家へ行くとあの電話の気配を感じることがあるそうだ。
END
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45話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
人から聞いた話の混合です。
オーソドックスな怪談ですね。
僕はこういう話も好きです。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。