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100-86 祈祷

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100-86 祈祷

Sさんが通っていた高校には聖書の授業があった。

教科書はもちろん新訳聖書である。

カトリック系の学校なので教員もほとんどがキリスト教徒で、聖書の授業では神父の資格? を持つ教員が聖書の説話を読み解いてくれた。

時には涙を流したり、感嘆の声をあげる生徒もいる中、Sさんは高校の3年間、その授業を寝て過ごしたのだ。

Sさんにとって聖書の話は退屈でしかない。

高校に入学した当初は、それでもどんなものかと興味を持って教師の話を聞こうと努力したりもしたが、すぐにあきらめた。

私にはキリスト教はあわない。

Sさんはもともと仏教系の新興宗教の家に生まれ、祖父母の代から家族、親族はみな、その新興宗教の信者だった。

Sさんも子供の頃から自然にその宗教に馴染んで育ってきたので、キリスト教の高校へ進学したのは、宗教の問題ではなく、たまたま偏差値と自宅からの通学のしやすさ、学費の面などでここの高校が都合がよかったので選んだにすぎない。

それに自分の家が入信しているもの以外の宗教にも少しは興味もあった。

しかし、キリスト教はSさんとしては違っていた、のである。

Sさんの家の宗教では来世も前世もあって、生命あるものは輪廻転生すると教えていたが、キリスト教では人は死ぬと神様のところへ行って幸せになるらしい。

しかも、それは正しい行いをしてきたキリスト教徒だけで、そうでないものは、死ぬとゲヘナ(煉獄)に落ちるのだそうだ。

異教徒のSさんもその家族も、キリスト教的にはゲヘナ行きが確定していることになる。

「なに言ってるんだこいつら」とSさんは思った。

キリスト教は、地球上の他のどの宗教よりも殉教者の多い宗教だと自負しているのも、Sさんには納得できない。

「自分のところの教えを守った信者が、その教えを守ったために殺されたり、虐げられたりするなんて、その宗教自体が間違っているんじゃないのか?」とも思う。

「でも、例え、ここで死を迎えても、天国で神様が歓迎してくれるので、我々キリスト教徒は死は怖くはないのです」

教師のその言葉に思わず、「あっ、そう」と言いそうになった。

家の仏壇の前で家族やみんなの幸せを願って毎日、御題目を唱える自分たちの宗教の方がよっぽどまともだ。

死ねば幸せ、とか言ってるキリスト教の信者が世界中にたくさんいるから戦争がなくならない気がする。

キリスト教をまったく信じられなかったせいもあってか、高校時代はあまり友達もできなかった。

だからといって、とくに後悔はしていない。

キリスト教ってだいたい外国の宗教なんだから、日本生まれ、日本育ちの日本人向きではない気がする。

校風に反感を抱いたまま高校を卒業し、今度は宗教色のない短大へ進学して、普通の高校の音楽教師になった。

相変わらず家族と同じ宗教の信徒で、やがて同じ宗派の男性と知り合い結婚。

夫婦で宗派の座談会(近所に住む信徒同士の近況報告会)へ出席したりもして、自分たちの信仰を疑うこともない。

そんなある日、Sさんは以前から気になっていた近所に住む霊能者に声をかけた。

「鈴木誠」というその青年は、「霊能者」の肩書でたまにテレビにでたり、お祓いや霊視などを生業にして生活しているらしい。

Sさんは自宅の近所に「鈴木誠」の事務所があるのがずっと気になっていたのだ。

その日、たまたま事務所の前を歩いていたら、誠とすれ違った。

中肉中背の、特に特長もないごくごく普通の青年だ。霊能力はあるのかもしれないが、鋭さなどはまったく感じさせなかった。

「鈴木さん、こんにちは。霊能者の鈴木さんですよね?」

「あ、はい。どうも、こんにちは。ご近所の方ですよね」

「はい、私、Sっていいます。すぐそこに住んでるんですよ。前から鈴木さんのことが気になっていて」

「気になる、とは、なにか僕にご用ですか?」

「ご用ってほどじゃないんですけど、聞きたいことがあるんです。教えてくださいますか?」

「別に、普通の世間話程度でしたらかまいませんが」

話しかけると外見通り、誠は親しみやすい感じの青年だったので、Sさんは以前から気になっていた質問をぶつけてみた。

「鈴木さんは、宗教や神様を信じてますか?」

誠はSをじっと見て、すこし黙ってから答える。

「僕は、特定の宗教には入っていません。

神様にしても同様です。

Sさんは、なにか信じておられるんですか?」

「ええ。子供の頃からずっと。主人もそうです。宗派は○○です」

Sさんの返事に、誠はうんうんと頷く。

「ここらへんのご近所は、その○○の方が多いみたいですね。

僕のとこにも勧誘にこられたことがありますよ。

僕はですね、仕事柄いろいろな神様、仏様、宗教のお力をお借りすることもなきにしもあらずなので、特定のどれかだけに所属するというのは仕事上もできない、というか、しない方がいいと思ってるんです。

僕の仕事では死んだ人と関わることも多いのですが、どの宗教の人も死者として僕と関わる時には、僕は区別も差別もしませんから」

「キリスト教の人も天国やゲヘナへ行かずに幽霊になったりするんですか?」

「キリスト教徒でも幽霊になる人はいると思いますよ。単純にキリスト教徒の多い西洋にもゴーストストーリーはありますし、心霊スポットもあります。

宗教でどのような教えを説いていたとしても、なにもかもがその宗教が定めた通りになるわけではありません。

だって、すべてが教え通りになる宗教なんてありえませんよね」

Sさんは誠と話して悪い印象は受けなかったが、「この人、ヘンな人だ」と思った。

プロの霊能者ってやっぱり変わった人が多いのかな?

その時の会話はそれっきりで、Sさんもすぐに忘れてしまった。

 

彼女が誠と再びを言葉を交わしたのは、それから数年後、彼女が本当に救いを必要とした時だ。

 

Sさんは結婚後、まず1人目の女子を無事出産したが、その3年後に生れた2人目の子供、Sさんの長男は生まれながらに体が弱く、しょっちゅう体調を崩す子だった。

ただの風邪だと思っていたものが長引き、病院へ連れて行くと、入院するように言われ、検査の結果、Sさんの長男は小児ガンを患っているのが判明する。

判明した時点で医師には手の打ちようがないと診断された。

Sさんはどうしたらいいのかわからず、自分の子たちも入信させた○○の仲間たちにも相談したが、こんな時に○○でできるのは祈ることだけだと言われ、絶望したのである。

「お医者さんもムリだと言ってるし、いくら祈ってもあの子の病気は治らない」

Sさんはそれでもと、空いた時間は自宅で御題目を唱えて長男の回復を願った。

○○の仲間もそれぞれに祈ってくれているという。

当時、毎晩遅くまで自宅で祈っていたSさんは、それでも不安感、絶望を忘れることができず、ある日、眠りに着く前に、近所にある鈴木誠の事務所へむかった。

ずっと前に道で話して以来、誠とは話していないが、事務所はまだそこにあるはずだ。

こんな時、誠なら目に見えない力を借りる方法を知っているかもしれない。

藁をすがる気持ちになっていたSさんは、外から中の灯りがついているのが、わかるとかなり遅い時間だったのにもかかわらず、誠の事務所のインターホンを押した。

「こんばんは、鈴木さん。すみません、助けてください・・・」

「こんばんは。あ、あなたは・・・」

誠はSさんを中に通してソファーに座らせるとお茶を出し、話を聞いてくれた。

誠の力で息子にできることがあれば、なんでもして欲しい。

そう願うSさんに誠は、

「Sさん。お話はわかりました。

大変もうしわけないのですが、結論として、医師がさじを投げているこの状況で僕にできることはありません。

小児ガンは非常に進行の早い病気です。息子さんは、いま、この瞬間も闘っておられるのでしょうね。

力になれなくて申し訳ありません」

座ったまま、深く頭を下げる。

が、その後、顔を上げ、誠は話続けた。

「ただ、何年か前にあなたとお話した時に、たしか、あなたは○○の信徒さんだとおっしゃっていましたね。

いまでももしそうなのなら、なにもかもが頼りにならないこんな問題の時に、あなたはあなたがずっと信じてきた○○の神様、仏様に救いを求めるのが正しいと思います。

あくまで僕個人の意見ですが、それがあなたがずっと信仰してきた教えなのなら、例え祈ることしかできなくても、それは、あなたの心を救ってくれるのではないでしょうか?」

Sさんは誠に礼を言うと家に帰り、そのまま仏壇に祈り続けたのである。

誠に言われて、やはりいま自分にできるのはこれしかないと確認できた気がした。

仕事で学校へ行くのと、息子の見舞いに行く以外、Sさんは祈り続ける。

そして、数か月後、Sさんの息子のガンは消えた。

医師は「まれにこういうことはありますが、ともかく、幸運でした」と説明し、息子は大きな後遺症もなく退院したのだ。

あれから十数年が過ぎたいまも、Sさんは家族揃って○○の信徒である。病気がちだった息子も無事に成長し、成人して現在は仕事に就いている。

Sさんは、この子が生きているのはあの時、みんなで祈ったからだ、と言う。

END

 

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86話めは以上です。

ブログ読者のみなさま、電子書籍版をご購入くださった方、誠にありがとうございます。

 

本シリーズはベースに僕の体験、もしくは聞いた実話があるところが特長です。

今回のエピソードにもベースがあります。

Sさん親子のモデルになった方たちとも僕はお会いして、話しています。

特定の宗教に限らず、まじめな信者さんはこうした神秘体験をされた方が多くいらっしゃいますね。

僕はたまにそうした宗教神秘体験的なお話を教えていただきます。

年齢、性別、人種にこだわらず、こうした奇跡がある、というのが宗教というものの魅力の一つになっているのかな? とも思います。

ちなみに僕自身は特に宗教には所属していません。

本エピソードであれこれ書きましたが、アンチキリスト教でもないです。
 

みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。

 

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