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100-90 祖母には・・・(3)

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100-90 祖母には・・・(3)

加藤の依頼を受けて、介護職員としてホームで働きはじめた誠は、まず、ホーム内の職員の質の悪さに驚いた。
たしかに介護職は賃金が低く、世間的な人気もなく、一部のそうした仕事が好きな人に支えられている業界だという事実はある。
そして、低賃金と世間的な評価の低さから、他に働ける仕事のない能力の低い人間が、とりあえず就く職業というのも現実だ。
にしても、加藤の母がいる介護老人ホームは質が低かった。
利用者である老人たちへの敬意が感じられない言動はもちろん、こうした世間の底辺の仕事をしている自分自身への自負心が態度、言葉の一つ一つににじみ、それがますます見るものに愚かさを強調している。
みんながしないイヤな仕事をしてる自分は偉いんだ! とでも言いたいのだろうか?
「自分にむいたまともに働く場所もなくて、食い扶持を得るために、介護施設で働いてるのに、そんな自分たちに恥を感じないのか?」
それでも普段は自分の霊能力を武器に、どうにかこうにか、自活して生活している誠には、仕事がないので介護職に逃げ、利用者の老人たちに威張る生き方には、共感もできないし、
「こいつら、ようするにバカなんだな」

と、つぶやきたくなる場面に出くわすことが多かった。
老婆の孫娘である皐は、父親から事情を聞いているのもあって、他の職員の目につかないように、そっと誠に話しかけてきてくれた。
「鈴木さん。祖母は他のみんなが一階のホールでレクリエーションに参加している間、一人、二階の居室フロアに残ることが多いんです。
そこで他に誰もいないのに、見えない誰かと話してるみたいなんです」
「皐さんは、お婆さんは誰と話していると思われるんですか?」
誠は念のために、皐にたずねた。
「わかりません。でも、私は、監視カメラでその様子を何度か見たこともありますが、まるで、祖母の目の前に誰かいるような様子でした」

「やはり、本人に聞くのが、一番いいんでしょうね」
誠に言葉に、皐は小さく頷き、

「よろしくお願いします」

他に誰もいない2階の大食堂で、一人椅子に座って、老婆は目の前にいるそれに話しかけていた。
誠にもそれは見えたが、老婆は、現実に彼女の側に立っている誠のことは気にならないようだ。
と、
「あなた、そこでなにをしているの?」
急に老婆は誠の方をまっすぐに見つめ、聞いてきた。
「いえ、あの」
突然、はっきりした口調で問われて、誠はすぐには答えられず、口ごもる。
「あなた、もしかして、見えるの? 聞こえるの?」
誠は首を縦に振った。が、自分が見聞きしているものと同じものが老婆に届いているとは、確信できなかった。ので、
「お婆さんは、あれが見えるんですか?あれはなんです?」
「はい。見えますよ。私の前にいるのはねぇ、大昔にここらへんで亡くなったお侍さんです。
ね、そうでしょう。
あなたにも、首や腕のないお侍さんたちが見えますよね。
彼らの恨み言が聞こえるでしょう」
誠は、はい、とは言えなかった。
なぜなら、誠に見えていたのは侍たちではなく、
「あんた、その子にまだ、こっちにくるのは早いよって伝えてあげて。その子はまだまだ生きるよ」
老婆や皐と血のつながりを感じさせるほど似た容姿の和服姿の上品な女性だった。
自分が見聞きしているものと、老婆が口にしたものとがあまりに違うので、誠は、老婆は霊能力のない者なのかと疑ったが、しかし、
「本当にいつも見守ってくれてる。私はもういつ逝ってもいいんだけどね。
ここのホームにいるのはこの世に居場所のない人ばっかりだから。

婆さんはまだ死なない、と。

息子や皐ちゃんにも、教えてあげておくれ」
またはっきりと誠に言うと、老婆は背を向けて、誠から離れていった。

誠は自分が感じたままを加藤と皐に伝えた。
「僕はお婆ちゃんは、もっと別の、もう少し元気な老人たちが対象の施設でいいと思いますよ。
彼女が話していたのは彼女の守護霊のようなものです。
その守護霊も彼女はまだまだ生きると言っています」
その後、老婆は別の施設へ移り、いまもまだ元気にすごしているそうだ。

END

☆☆☆☆☆
 
90話めは以上です。
このエピソードは今回で終わりです。
いま、自分の勉強として、これまできちんと読んできていない作家を読み直しています。
具体的には、西尾維新や東野圭吾なんかですね。
それでは、またお会いしましょう。
失礼します。

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