100-37 カルトとカリスマ-2
100-37 カルトとカリスマ-2
Iが戻ってきて支部の雰囲気が変わった。
支部の信徒が月に一度集まる会合も回数が増えて、熱心な信徒は週に何度も集まるようになった。
Iは、ただみんなの前で説教するだけでなく、一緒にハイキングや登山にでかけ、飲み会やバーベキューを催したりもして、支部内の信徒同士の交流を強めていった。
同じ支部の年下の信徒たちが、誠が相談を受けるようになったのはその頃だった。
「鈴木さん。Iさん。やばいッスすよ」
「あの人はイカレてる。あれじゃ、会の中ではよくても、一般社会じゃ通用しない」
「鈴木くん、Iさんに言ってやってくれよ。あの人は、青年団で海外へ行ってから、おかしくなっちゃったんだ」
みなが口にするのは、Iへの批判だった。
曾祖母の頃からこの支部に所属している誠は、年齢は若い者の、信徒としてのキャリァが長く、海外の青年団へ行く前からIと交流もあったので、直接Iには言えない言葉をみんな、誠に寄せてくるのだ。
しかし、誠にはどうすることもできない。
研修費とかいう名目で会から毎月もらっているお金で生活しているIは、いまや完全に組織側の人間で、一信徒でしかない誠とは明らかに立場が違ってしまっている。
そのうえ、還暦を迎える現支部長が役職からおりて、Iに支部長の座を譲るという噂もあった。
家族ぐるみで会に属しているから、誠は、その流れでここにいるだけの人間であり、Iのように信仰で生計をたてていく人間とは違うと思っている。
僕が、Iさんになにか言うのも立場上おかしいし。
でも、普通の信徒のみんなの間に不満がたまっているのはよくない。
どうすればいいんだろうか。
誠には、現支部長に相談するくらいしか案が浮かばなかった。
もし、そうしたとしても、Iは誠との直接の対話を望むだろうし、誠に苦情を寄せてきた信徒たちについて、くわしい話を聞きたがるだろう。
それも面倒だ。
どうしようか。
そうして、誠が誰にも相談できずに悩んでいるうちに、
事件は起きた。
Iのやり方に、不平、不満を抱く信徒たち数十家族が、このままなら支部を脱退すると支部長に申し出たのだった。
Iはマイペースに信仰しているものたちに、厳しい修行を強要して、それに従わないものには、暴言や暴力を平気でふるう。
Iの振る舞いは、そもそも自他共栄を目指す会の教えと相反するものである。
反I派の信徒たちは、支部長にIの退会か、もしくは他支部への移籍を求めた。
厳しい立場に立たされたIだったが、彼はその状況の中で、誠に電話してきた。
「鈴木くん。
こんなものはなんでもないよ。
オレについていけないダメなやつらが、勝手に騒いでるだけさ。
支部長もそれに付き合ってやってるフリをしてて大変だな」
「I先輩。
あんまりな言い方じゃないですか。
I先輩を批判してる人たちだって熱心な信徒さんなんだし。
こんな言い方、僕はしたくないんですけど、僕は、信徒に上下はないと思います。
そうじゃないんですか?」
「違うな。
鈴木くんのはきれいごとだ。
それでは、組織はなんともならん。
会は世界的な巨大組織だ。
それが動くには、大きな力も、たくさんのお金もいる。
会にたくさんのお金をもたらしてくれる人は、同じ信徒でも会にプラスになる信徒さんだ。
俺は、そういう人を大事にしたいと思う。
だって、そうだろ?お金がないとみんな困るだろ?
会だってそうだ。
会にたくさん、お金をくれる人は会のことを考えてくれてる人さ。
そういう人たちが何人も俺を応援してくれてる。
だから普通のバカ信徒が俺に盾突いても意味ないんだ。
俺は、世間に会の有益性をアピールして、会をどんどん大きくするぞ。
そしてまた会にお金が集まるんだ。
お金が集まれば、会にいる人は幸せになる」
Iと話しても、かみ合わない気がした。
会で信仰するのと、Iの巨額の金が集める話は、誠の中でつながらなかった。
結局、Iは支部長に注意を受けただけで不問に処され、Iを批判していた信徒たちは、支部を去った。
支部長が誠にぼそっともらしたところでは、Iを気に入っている、大物の政治家などがいて、会にたくさんの寄付をしてくれているのだそうだ。
誠個人としては納得がいかなかった。
会を辞めようかとも思った。
しかし、自分がやめたところでなんの意味もない気がした。
Iがこれからどうなっていくか。
それを見つめて、自分にできることがあればやろう、そう思った。
今回の信徒の支部からの大量離脱の責任をとってというか、いちおう詫びのような恰好で、Iが苦行に挑むことになった。
会の開祖が若き日に修行した山寺の本堂に籠って、一週間、不眠、不休で過ごすのだ。
この行を無事に完遂すれば、会内では、Iはいつ支部長になってもおかしくない立場が得られるらしい。
168時間、本堂で正座をして、経を唱え続けるのは、けっして容易ではない。
ある意味、Iのような狂信者でなければ、できない行であった。
誠たち同じ支部の信徒は、仲間として、Iの今回の行に付き添うことが許された。
付添いとは、同じ古寺の本堂に寝泊まりすることである。
支部の若い信徒が何人か、付添いを希望した。
誠には、I自ら、来てくれ、と頼んできた。
「特別なことはなにもしなくていいから、鈴木くんのその力でオレを守るつもりで、側にいてくれるだけでいい。頼む。来てくれ」
断ってもよかったが、Iが命をかけて挑んでいるのはわかるので、誠も付き添った。
行の最中は、さまざまな怪異が起きるという評判はきいていた。
Iが本堂に入ると、堂の扉がしめられ、Iの手首に結んだ組紐が引かれるたびに、規則的に鈴の音が響く。外のものは、その鈴の音で、Iの無事を確認するのだ。
シャン。
シャン。
シャン。
小さな鈴の音が規則的に続く。
誠たち付き添いは、堂の外で、正座をして、経を唱えて、Iを、気持ちで応援している。
「ねえ、ねえ」
小さな子供が呼びかけてくる声がした。
付添いはみな、それを無視する。
「おい、おい」
野太い男の声になった。
「こら。こっちをむけ!!」
老人が怒鳴った。
どれも声だけで怪異の姿は見えない。
誠たちは、朝から陽が暮れるまでそこにいて、夜は宿舎へ戻る。
誠たちのいない間も立会人はそこにいて、Iの鈴の音を聞いている。
7日間の行を終えて、Iが本堂からでてきた。
顔中に無精髭を生やし、足元もおぼつかず、疲れきっている様子だった。
堂からでてきたIは、誠を見つけると、にこりと微笑んだ。
倒れかかるように、誠に体を寄せて、耳元でささやいた。
「鈴木くん。オレはやったぞ。支部長になる」
END
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37話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。
小説投稿サイト「アルファポリス」でも、「鈴木誠の怪談100物語」のタイトルで連載していますので、よろしければ、のぞきみてください。↓にリンクがあります。