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100-61 1人稽古

100-61 1人稽古

 

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 Kがその空手道場で内弟子をすることを決めたのは、そこの道場主が流派の総本部の内弟子出身で、空手道に人生をかける姿勢に憧れたからだった。

 道場で寝起きして、自分の鍛錬と道場生の指導、事務仕事、あれやこれやをして日々をすごす。

 もともと根がまじめで、空手自体が好きなKに、内弟子生活はむいていた。

 朝早く起きて、ランニング等の朝稽古をしてから道場の掃除をする。

 昼食後は、市内の各道場をまわって指導だ。

 夜もまた自分の稽古をしながら、毎晩、道場で指導する。

 生徒たちが帰り、誰もいなくなった深夜の道場で、1人稽古。

 ひまがあれば空手のことを考えていた。

 その日、夕方、Kは道場の総責任者である支部長のY他、道場の幹部的な先輩指導員たち全員が、今夜は用があるので、指導はすべてKに任せると伝えられた。

 もちろん、Kはそれを引き受けた。

 午後の17時頃から、22時過ぎまで、少年、一般、壮年と各クラスの指導をした。

 稽古は順調だった。事故もなく参加者全員無事に、充実した稽古ができた。

 そして道場の閉館時間で午後22時をまわった。

 さすがにこれくらいになると居残っている道場性はほとんどいない。

 Kは、もう誰も残っていないのを確認しながら、道場内をみまわった。

 稽古に来た道場生たちが、着替えや荷物を入れる棚もすべてカラになっている。

 忘れ物がないか、棚の1つ1つを眺めいく。


 と、物音がした。


 ウェイトトレーニングの器具が置いてある場所の方からだ。

 Kは急いでそちらへ戻った。

 そっちにはもう誰もいないはずだ。

 しかし、Kが戻ると、そこには人がいた。

 バーベルスクワット用のラックのところにしゃがんでいる人がいる。

 ちょうど背後からみる格好になったので、顔はよくみえなかったが、黄色帯をしめ、空手着をきていた。


 まだ誰か残ってたんだ!?


 Kは、遠目で棚をみたが、やはり荷物はなかった。


 あれ。

 荷物ないよな。


 再び、視線をラックに戻す。

 さっきまでそこにいたはずの黄色帯の姿は、消えていた。


 おいおいおい。


 Kはラックへ駆け寄ったが、そこに誰もいなかった。

 たしかに黄色帯の道着姿の男性がいたはずなのに。

 不思議な気持ちだった。

 自分に気づかれずに道場からでられるはずがない。

 さっきの人は、いったい、どこに消えたんだ。

 念のため、道場から外へ出てみたが、道場の周囲の道路には誰もいなかった。


 オレは、なにをみたんだ。


 道場で1人、首をひねった。

 そうこうするうちに、支部長と幹部たちが、道場へ帰ってきた。


「オス。お疲れさん。

 なんかあったのか?」


 浮かない顔をしているKに支部長がたずねてきた。


「あの実は、おかしなことがありまして」


 日頃から、なんでも支部長や幹部たちに報告しているKは、消えた黄色帯の件もみんなの前で報告した。

 なぜか、Kの話がすすむほどに、支部長と幹部たちの表情が重くなっていく。


「そいつは、黄色帯だったんだな」


 話し終えると、支部長に念を押された。


「黄色帯でした。顔はみてません」


 Kの言葉にみんなが頷く。


「あのな、実はな。

 今日、みんなでお通夜に行ってきたんだよ」


 支部長が語りだす。

「Kより年上で、昔からこの道場の生徒だったやつが、高校でてD流の総本部の内弟子になってな。

 東京の本部道場へ行ってたんだ。

 それがな、そいつ腰をケガして、もう空手のできない体になって、この間、実家に帰ってきんだよ」

 場の空気がどんどん重くなっていく。

 内弟子を辞めて帰ってきたのなら、なぜ、お通夜なのだろう。

 いったいなにが、あったのだろう。

 Kは、支部長と幹部たちの暗い顔、硬い空気になにも聞けなかった。

「今日死んだんだ。

 自殺だった。

 自分の部屋で首を吊ったんだ。

 自分の帯でな」

「それが黄色帯だった」

 別の幹部がつぶやく。

 ってことは、オレがみたのは、その先輩なのか?

 Kは衝撃を受けて、意識が真っ白になった。

「そうだな。

 道場みたいに人が集まる場所は、霊もきやすいらしいから、あいつ、ここへきたのかもな」

 支部長が話を引き取るようにそう言うと、みんなが頷いた。

 結局、その夜もKは道場で1人で夜をすごした。

 道場に寝泊まりしている内弟子なのだから、仕方がない。

 布団を敷いて1人で寝ていると、誰もいないはずの道場のサンドバックが勝手に揺れている音がした。

 まるで、誰かが打ち込んでいるように、サンドバックがぎしぎし言っている。

 はじめは怖かったが、Kはそのうち気にならなくなって、ぐっすり眠っていた。

 それから、ずっといまでも、その道場のサンドバックは、深夜に揺れだすらしい。


  END

 


☆☆☆☆☆

 61話めは以上です。

 この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
 
 実話ベースです。

 鈴木誠の登場しない怪談です。

 この100物語にはたまにはそういうエピソードもあります。

 誠がいなくて、さみしく思ってくださる方がいたら、僕は、うれしいです。ごめんなさい。

       
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