100-41 ゴミ袋
100-41 ゴミ袋
誠がコンビニエンスストアの雇われ店長をやったのも、本業の拝み屋だけでは、生計が立ちぬかないからであった。
しかし、ずっとというのも無理なので、とりあえず、3か月の間だけ、ということでオーナーに断りをいれて、誠はコンビニの店長になった。
学生時代にバイトしていたので、仕事自体はだいたい知っている。
店長としてバイトのシフトや給与計算も任された。
さて、鈴木誠店長のところへバイト希望の青年がやってきた。
彼は、中学卒業以来フリーターをして生計をたててきた。
放浪生活を送ってきて現在は21歳だ。
ちょうど夜勤が必要だったし、誠は彼ことMくんを採用することにした。
Mは、いわゆるワイルド系のルックス、ファッションで、服を脱ぐとタトゥーも入れているらしい。
片耳にはめた象牙のピアスが大きすぎて、耳たぶが垂れてしまっている。
目つきは鋭く、背も高いので、怖がる人もいるだろう。
でも、誠にはきさくな感じで話しかけてきた。
「オレ、けっこういろいろ経験してきたんですけど、あの、遠海漁業の船とか、命がけなんで、もう乗りたくないっすね。
それにワルもやりましたけど、やりつくしたっていうか、それにクスリはこりごりですよ」
「クスリって、合法ドラックのこと?」
「すいません。違法もやってました。
もういまはしてないですよ。
店長はクスリ、やったことありますか?」
「ないよ」
「俺、クスリもあれこれ手をだしたんですけど、スピードとかキメると、ほんとに10時間が一瞬で流れちゃうんで、あんなのしてたら、頭おかしくなりますよ」
「まぁ、いましてないなら、いいけど、とにかく、警察に捕まったりしないでね」
「了解です」
そんな感じでアウトローな雰囲気十分のMだったが、他のバイトたちにも意外に気をつかうし、お客さんにも親切で、その働きぶりには、悪い点はまったくなかった。
そのうちに夕方、休日にバイトしている女子高生と、Mが付き合いはじめたという話が誠の耳に入ってきた。
別に恋愛は各人の自由なのだが、相手は未成年なので、なにかことが起きる前に、いちおうMに声をかけた。
「Mくん。Yさんとのこと、どうなの?」
「いや、別に普通ですよ」
「あのね、あの子、未成年だからね。
まだいろいろと保護者の許可がいる年齢だから、そこらへん、注意してね」
「了解です。わかってますよ。俺、浮気とかしないし、自分の彼女には優しいんですよ。あいつ、大事にします。女もいろいろ経験してるんで」
誠は、Mがウソを言う人間には思えなかった。
実際、MとYは上手くいっているらしかった。
そんなある日の深夜、自宅にいた誠にYから電話がかかってきた。
「店長。Yです。
いまMくんから、写メがきて、お店がヤバイみたいんなんで、行ってもらえますか?」
「ヤバイって?」
「お客さんが、変なものを捨ててったみたいなんです。
Mが警察呼ぶとか言ってます。
店長、行ってあげて!!」
くわしい事情はわからないが、とにかく事件があったらしい。誠は自宅から5分もかからない距離にある、店へと走った。
店、コンビニエンスストアの前に、それはあった。
普通にゴミを捨てる時に使う、黒いビニール袋が数袋、店の前に捨てられていたのだ。
どれもパンパンに膨らんでいる。
片手にモップをもったMが、険しい表情で立っていた。
「Mくん。どうしたの?」
「店長、これ。いつの間にか置いてかれました。
これ、ヤバイっすよ」
Mはモップの柄の端で、袋を押したりしている。
眺めてみると袋の中身はけっこう弾力があるようだ。
「これ、ネコか、犬か、最悪、赤ん坊ですよ」
「赤ん坊?」
真剣な表情で語るMに誠がきき返す。
「間違いないっス。俺、前にも見たことありますから。
警察、呼びますか?」
「ま、待ってよ。
僕が調べてみるよ。ただのゴミかもしれないしさ。
このまま、業者に持っていってもらってもいいし」
「中、確認しとかないと、後で呼ばれますよ」
店長の誠とMが、出入り口の自動ドアの前で並んで話していると、他のバイトたちもそこに集まってきた。
「Mさん、これ、死体なんですか?」
若いバイトが聞くとMはためらわず頷いた。
「ああ。俺は、前に、見たからな」
前に見たって、どういうことだ。いつ、どこで、なにを見たんだ。
Mの言葉に対する疑問が、誠の中に膨らんでいった。
「とりあえず、ここじゃなんだから、店の奥へ運ぼうか」
誠が袋に手をのばしかけると、
「血とか、匂いとか広がるんで、外の方がいいですよ」
Mは断言した。
「わかったよ。じゃ、僕がここで調べる」
誠がそう言うと、Mはまるでとどめを刺すように、モップの柄ですべての袋を何度も何度も強く叩いた。
その姿はどこか変質的で、袋がやぶけてしまいそうなくらい勢いがあった。
「店長。俺もあけます」
Mは誠の隣にしゃがんで、袋に手をかけた。
ビニール袋の結びめにほどきはじめる。
袋は開け、顔を近づけ、中を覗く。
と、
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
Mが大声で叫んだ。
「いるいるいる。きたきたきたきた」
うわごとのようにいる、きたとつぶやき、Mは袋をその場に投げ出して、駆け出した。
「Mくん!!」
誠が呼んでも、振り向きもしなかった。
血の、においがした。
誠はまず、Mはそのままにして、Mが残した袋をのぞいた。
袋からは血のような、サビのような、鉄っぽいにおいがした。
が、
しかし、袋の中には、なにもなかった。
さっき、たしかにMがモップで付いていた時は弾力があったのに、袋の中にはなにも入ってなかった。
ただ、においだけがあった。
他の袋もすべてそうだった。
その日、Mは店に戻ってこなかった。
深夜にYからメールがきた。
Mが街を離れてどこか遠くへ行ってしまった。
Yは誠にそう言った。
YにはMからメールがきたらしい。
くわしいことは私も知らない、とYは言った。
誠にもなにがなんだかわからなかったが、Mはなにかから逃げているらしい、ということは、なんとなくわかった。
あれ以来、Mには会っていない。
Mは、いまも逃げているのだろうか。
END
☆☆☆☆☆
41話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
各地を放浪して暮らしている人って実際にいますよね。
僕は、そういう人って怖いと思います。
ひとつのところに留まれない理由がなにかある気がするのです。
なぜ、放浪するのでしょうか?
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。