100-56 落武者
100-56 落武者
独身OLのKさんが、この部屋はでると初めて感じたのは、入浴中だった。
ユニットバスの小さな浴室で、洗い場にでて髪を洗っていたら、自分以外の誰かが、後ろからKさんの髪をいじっていたという。
Kさんは驚いた。
鏡をみると、Kさんの後ろにはもちろん誰もいない。
だが、Kさんの髪はたしかに誰かにさわられていた。
Kさんをさわっているのは女性の指のような気がした。
こちらが痛がるようなことはせず、美容院でシャンプーしてもらっている感じだった。
それもKさんが自分の髪を洗っていると、いつの間にか、手が増えている感じで、Kさんの髪をいじっている。
正直、気味が悪かった。
格安の家賃で借りられた部屋だったが、こういう理由があったのか、と思った。
これがこれからも続くようなら、引っ越そうか迷いながら、2日目、Kさんが髪を洗っているとまた手がきた。
やはり、これはイヤだ。
Kさんは、昔、田舎のおばぁちゃんに教えられたように、そこで、ご先祖様に助けを求めた。
「あんたが本当に困ったら、ご先祖様を呼べば助けに来てくれるよ」
Kさんは子供の頃、おばぁちゃんからよくそう聞いていた。
それまで、ご先祖様に助けを求めたことはなかったが、今回はなぜか、ご先祖様の出番だと思った。
「ご先祖様。
助けて下さい。
私の髪を勝手にいじるやつがいます。
こいつを追い払ってください。
お願いします」
それに髪をいじられながら、Kさんは、心の中で願った。
と、すぐに効果はあらわれた。
髪からそれの手の感覚が消えた。
同時に、目の前の鏡の中に、これまではいなかったものが、はっきりと映っていた。
Kさんの背後に、時代劇などにでてくる鎧武者が立っていたのだ。
兜をかぶっていて顔は見えない。
しかも、その鎧武者は傷だらけで、肩や背中に弓矢が何本もささっていた。
「!?」
鎧武者を前にして、Kさんは絶句してしまった。
武者は動かない。
ただ立っているだけだ。
「ご先祖様?」
Kさんが聞いても返事はない。
でも、否定するような冷たい感じはしなかったので、Kさんは続けて話しかけた。
「ありがとうございました。助かりました」
Kさんは座ったまま、武者の方をむいて、床に両手をつき、頭をさげた。
しばらくそうしていると、武者が消えたのが気配でわかった。
その日から、鎧武者は、Kさんの部屋のあちこちに現れるようになった。
武者はなにも言わないし、基本的にはKさんの警護をしてくれている感じなのだが、しかし、いきなり、壁の中
から武者が現れると、Kさんは驚く。
Kさんのプライバシーを尊重して、さすがにトイレや風呂にはでてこない。
Kさんが一人でいる時に、姿をあらわす。
が、最初の時のようにKさんが呼べば、どこでも必ずきてくれる気がする、そうだ。
そうこうしているうちに、Kさんは部屋の中に武者がいる暮らしに馴れてしまった。
ある時、休日で部屋でゴロゴロしていたKさんの前で、めずらしく、武者が腰をおろし、リビングに横になったことがあった。
鎧を着たまま大の字になった。
それを眺めて、Kさんは、この人もずっと昔から鎧兜で立ち続けて疲れてるんだなぁ、と思った。
「鈴木さん、私、ご先祖様の霊に憑かれてるんですかね?
最近は、あの人がいないと部屋にいてもさみしんです。
幽霊もなれるもんなんですね。
自分でも驚きです」
誠は、彼女の言葉にうなずいた。
「だから、一番怖いのは人間だって、言いますよね。
人はなんにでも慣れてしまう生き物ですから」
Kさんは、自分がネコを飼ったら、ご先祖様がこなくなるのでは、とそれを心配しているそうだ。
END
☆☆☆☆☆
56話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
実話ベースです。
鎧武者も日常的にでてくると、風景に溶け込んで、インテリアみたいに思えるそうです。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。