100-57 殺す
100-57 殺す
旦那さんがまじめな人だというのは、説明されなくてもわかっていた。
70才をすぎたSさんは、旦那さんと2人で小さなうなぎ屋さんを経営して、生計をたてている。
誠のところへ相談してきたのは、その奥さんだった。
2人が店舗兼住居にしている一戸建ての平屋の建物に、幽霊がでるという。
「あの人はみてないんですけど、私は、何度もみてるんです。
先生は、お祓いもできるんですよね。
ちょっとみてもらって、できるならお祓いしてもらえませんかね?
ほら、私の知り合いのHさんのお宅も、先生に家相をみてもらったら、お爺さんの病気が治ったとか聞きました。
ウチもお願いします」
とりあえず、現場をみなくては、ということで、誠はSさんの店兼住居へやってきた。
カウンター席が、主の小さなお店だ。
Sさんの旦那さんは、白い調理服で、調理場に立っている。
「この人は、中学出てから、お店に入って、小僧からはじめたんですよ。
酒をちょこっと飲むくらいで、賭け事も女遊びもしない、あとは仕事ばっかり。
それで、調理師学校へは行かずに、調理免許を取って、自分で勉強して、ふぐの免許もとって、うなぎも、すっぽ
んも全部、自分でさばくんです」」
奥さんに紹介されながら、旦那さんは、黙々と作業をしている。
「お化けはね、いま、ちょうどウチの人が立っているとこらへんででるんです。
私が、夜中にトイレに起きた時に、店の方に気配がして、ここを覗いてみたら、人型の影みたいなのが、うごめいていたんです。
背の高い影が地面でゆらゆらしてるみたいに、それが立って、ゆらゆらしていたんです。
私は、すぐにお父さんを起こしに行ったんですけど、ウチの人を連れてきたら、もう、いなかった。
それから、何度か、みかけたんですが、いつも、みるのは私、1人だけなんです」
「そんなもんはいねぇよ」
旦那さんが作業をしながら、ぶっきらぼうにつぶやく。
「ただのカン違いだ。光の加減だよ」
「ほら、こう言うんですよ。
でも、祟られたりしたらイヤじゃないですか?
だから、先生、よくみてやってください。
お願いします」
奥さんに頭を下げられて、誠は、店と住居スペースを一通り、みて回った。
格安で中古を購入したというだけあって、建物はとても古びいていた。
以前も居酒屋だったそうで、そういう意味では年期の入った建物である。
店、家をみおえた誠が店に戻ると、旦那さんに手招きされた。
「どうです?なにか、わかりましたか?」
「いえ。正直、別におかしなところはないと思います。
それこそ、失礼なんですが、御主人になにか心当たりは、あられますか?」
「そんなものはないですけどね」
旦那さんは、コップに冷酒を注いで、誠に渡してきた。
「どうぞ」
「すみません、いただきます」
仕事中だが、誠もグラスに口をつけた。
それを眺めて、旦那さんも脇に置いてある、自分のグラスから一口飲んだ。
「さっき、女房のやつが言ってたように、わたしは、学校はなんにもでてないただの板前です。
もう15の時には、店で皿洗ってましたからね。
自分の包丁でさばいたものをお客さんにはじめてお出ししたのも、15、16か、17か。とにかく20前には、いっちょ前の板前のような顔をしてましたよ。
気持ちだけは負けちゃいけねぇといつも思ってたんです」
旦那さんの声がとまった。
鋭い目つきのまま、まな板の上の魚を見据えると、手にした包丁で、切りさばいた。
流麗な包丁さばきに誠は、感心してしまった。
「僕なんか素人がいうのもなんですが、お見事ですね」
「いえいえ。どういたしましてっていうか。
わたしは昔っから、いまでも、魚でも、豚でも、牛でも、鶏でも、それこそ、うなぎも、すっぽんも、フグも、〆る時には、心を込めて〆てるんですよ。
こういっちゃなんですが、命を奪うわけじゃないですか。
いい加減な態度でやっていい仕事じゃないんですからね」
「なるほど。
それじゃぁ、旦那さんは、いままで幾つくらい〆てきたんです?」
「数え切れませんね。
毎日、1でも1年で365だ。
毎日1じゃ商売にならねぇ。
そうなると、わたしは、もう何十万かを〆てきたことになりますね」
横で誠が眺めている前で、旦那さんの目がまた鋭くなる。
再び、魚を〆たのだ。
誠は、旦那さんが命を奪う瞬間、気のようなものが放たれているのを感じた。
旦那さんの集中力と、消えていく生命の光が共鳴して輝きを放っているのだろうか。
「ちょっと、ウナギをさばきますね」
旦那さんは、誠に断ってから、この店のウリであるウナギを〆る作業に入った。
ウナギの頭をキリでまな板に打ちつけ、背中を開き、内臓を取り出す。
あれよあれよという間に、ウナギはきれいな白身になってしまった。
この場所で日常的でないことといえば、日々、旦那さんが食材を〆ていることぐらいだ。
人の強い念は、霊的なものを引き寄せる。
おそらく、この店では・・・・・・
「旦那さん。
〆る時、いつも、なにを考えてるんですか?
料理のことですか?」
「考えるねぇ。
考えるって、ほどじゃねぇけど、わたしは、いつも、〆る瞬間は、絶対に失敗しない覚悟で、
殺す!!
と思いながら、トドメをさしますね。
そうするのが、供養にもなると思ってるんですが、そいつがよくないんですかね」
旦那さんは、いたずらっぽく、ぺろりと舌をだした。
それから、数分後。
僕にできることはありません、とご夫婦に頭を下げて、誠は店をでた。
END
☆☆☆☆☆
57話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
聞いた話です。
一流の板さんって、みなさん独特の雰囲気がありますよね。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。