100-73 遺言死
100-73 遺言死
自分なりに真剣に考えた結果、その青年は、毎晩、インターネットで人のいまわの際の映像を探して、それを見ているのだという。
「事故や災害、戦争なんかで、腕が取れたり、胴体がもげて内臓がはみでているものもあります。
まさに、その人が死ぬ前の数十秒、長くても数分間の映像を僕は集めているんです」
霊能者と話がしたいと、自分から誠の元へきたこの青年は、すこし変わった人物だった。
年は三十代中頃くらいで、黙っていれば、中肉中背の普通のサラリーマンに見えた。
「人が死ぬところを見て、どうするんです?」
「鈴木さん、いまの日本は平和すぎますよね。
世界的にみれば、こんな平和の中で暮らしている僕らの方が異常なんですよ。
それにくらべて、世界の各地では、僕が集めている画像のような目にあって、無念のうちに亡くなっている人がごまんといる。
僕は、自分がもしそんな状況にでくわした時に、慌てたくないんです」
「慌てたくない、とは?」
「文字通りです。
例えば、一緒にいた人が車にはねられて、体が半分になってしまった。
どう考えても、もはや治療、修復は不可能だ。
僕は、そんな時に、彼に、なにか言い残すことはないか、聞いてあげたり、なんなら、その人が最後の言葉を伝えたい人へ電話してあげたり、タバコを吸いたいなら、それを用意してあげてもいい」
「あの、変な話ですけど、そんな血まみれでぼろぼろになっている人とかかわっていたら、あなたもその血で汚れてしまうかもしれない。
それは気にならないんですか?」
スーツも靴も、それなりに高そうな身なりをした青年に、誠は尋ねた。
「全然、かまいません。
もう最後だとわかって知った人に、少しは楽な気持ちで亡くなって欲しいんです」
青年はまじめにこたえた。
誠は自分が感じた疑問を青年にたずねた。
「僕は疑問なんですけど、あなたには、いつか、自分がそんな状況にでくわすという確信があるんですか?
それとも、そういう危険なご職業につかれているとか?」
「仕事は普通のサラリーマンです。
ただ、僕には予感がするんです。
僕は、いつか、そういう状況におかれる、と。
鈴木さん、僕は、鈴木さんに、僕が今後、果たしてそんな状況におかれることがあるのかどうか、みてもらえませんか?
霊能力で、僕の未来はみえますか?」
青年の依頼に、誠は顔をしかめた。
「僕は占い師ではありません。
でも、時にはその人の未来が見えてしますことがあります。
あなたの場合は・・・」
「見えるんですか?」
「あなたのその欲求が未来を引き寄せているような気もします。
僕は、普段、人の未来が見えても、それをその人には伝えないようにしています。
運命というのは、そうしてちょっとした能力者が横槍を入れていいようなものではないからです。
でも、あなたの場合は・・・・・・」
「鈴木さんお願いします。
僕がこんな妄想にとりつかれてるのも、きっと自分の運命と関係あると思うんです」
「ちょっと、待っててください」
誠は、青年をその場へ残し、別室へ行き、しばらくすると封筒を手に戻ってきた。
「この封筒の中に、僕に見えるあなたの未来が書いてあります。
ただ、これをあなたが読むのなら、それは、いつかあなたが、海外へ旅行へ行って、大型のバスに乗ることになった時、その時にしてください。
それまでは、これは開かないでくれますか?
その約束ができなければ、お渡しできません」
誠の申し出に青年は首を縦に振った。
「わかりました。
いつか、僕が海外で大型バスに乗る時まで、中はみません。
それでいいんですね?」
「お願いします」
誠は青年に封筒を渡し、青年は、誠に謝礼を渡して帰っていった。
それから、数年がすぎた。
数年ぶりに誠の事務所を訪れた青年は、以前とほとんど変わっていなかった。
「鈴木さん。
先日、あの時の封筒を開けて、中身を見ました。
ありがとうございました」
青年は、きちんと頭を下げた。
「仕事で、出張で海外へ行ったんです。
そして、長距離移動のバスに乗ることになって、僕は鈴木さんにもらった封筒を開ける時がきたと思い、バスに乗る直前に開けました。
そうしたら」
数年前のあの日、誠がメモ用紙に書いたのは、火の海に横たわるたくさんの人と、そこに一人立ち尽くしている青年の姿のイラストだった。
誠に見えた青年の未来はそれだった。
青年が乗ったバスが事故に遭い、彼以外の乗客たちは負傷したり、命を失ったりする。
彼は無事だが、たった一人でなにもできずにいる。
「鈴木さんのあの絵を見た瞬間、このバスで行けば、僕以外のたくさんの人が死んで、僕だけが生き残るのが見えました。
たしかに、僕がずっと妄想していた多くの人の死ぬ間際の立会人です。
でも」
「あの人数を一人ではどうしようもできませんよね」
「そうです。
僕は、考えて、考えて、あのバスには乗りませんでした。
そして、バスが遭う事故の原因がわからなかったので、バスが走り出すのを見送った後、警察に電話して、あのバスが危険だと通報しました。
結局、バスは、エンジン系のトラブルで途中でとまりましたが、パトカーが様子をみに来ていたせいもあって、負傷者はでませんでした」
「多くの人の運命が変わってしまいましたね。
このツケはどこかで、まわってくるかもしれませんよ。
あなたにも、僕にも」
「すみません」
青年は誠に謝ったが、誠は、なにごともなかったように、軽く笑って、
「これが、僕の仕事ですから、別にかまいませんよ」
END
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73話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
知り合いの青年と僕の会話がモデルです。
いつかに備えて、毎夜世界の衝撃的映像を眺めている青年というのは、じゅうぶん怪談だと思いませんか?
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。