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100-77 頭のよくなる本

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100-77 頭のよくなる本

「実は秘密の本を手に入れたんだ」

Sが友人のMからそう打ち明けられたのは、夏休み明けの9月のはじめだった。

高校の夏休み中に1人で市内を散策していて、廃墟を見つけたのだという。

「外はちょっと壊れてるんだけど、中は全然、きれいだったんだよ」

「廃墟なんて勝手に入ると不法侵入で捕まるんじゃないの?」

「いやいやそんなことはないよ」

Mは妙に自信たっぷりだった。

「オレはあの家に選ばれたんだ」

まじめな感じでそうつぶやく。

「選ばれたってどういう意味だよ。

そのヤバい本がおまえを呼んだのか?」

ゲームや読書が好きでクラスでも気の合う一部の友達としか話さないMだが、Sは彼を気に入っていて、よく話したし、たまには一緒にでかけたりもしていた。だから、Mが心配だった。

「大丈夫だよ。オレはおかしくなってない。

もうすぐわかるから、ま、みててみなよ」

Mの話はさっぱり要領を得なかったが、本人の落ち着いた話ぶりに、Sはそれ以上、その話題を掘り下げないでおいた。

そのうち、きっと、その本についても教えてくれるに違いない。

そして10月に入り、2学期の中間テストがあった。

いつものように、学年上位10名の名前が張り出された。

S自身の名前はなかったが、なんと、学年トップにはMの名前が書かれていたのだ。

自由な校風とはいえ、それでも進学校なので、学年上位はみな国公立の大学を目指し、放課後は予備校へ通っているような連中だ。

学校でも放課後でもマイペースな高校生活を送っているSやMは学年ランキングとは無縁なはずだった。

「おい、おまえ、すごいな。急にやる気でてきたわけ?」

「ぜんぜん、すごくないよ。こんなのお遊びだな。オレには見えるんだよ」

まじな口調の、Mのおかしな返事に、Sは寒気をおぼえた。

「見えるって、テストのこたえが、か?」

「ああ。テストでもなんでも、オレに与えられた問題の解答が、オレには見えるんだ」

「それ、前に言ってた秘密の本の力なのか?」

「ああ。あれは運命の書だ。あの本と出会ってオレは自分の運命に目覚めた。

なぁ、おまえも読んでみないか?

おまえだったら、オレのこれからの仲間になってくれてもいい」

「おい、なに言ってんだ。

なんか、M、ヤバイよ。

まさか、ヘンなクスリとか」

Mは不安がるSの顔を真正面から、まっすぐに見つめた。

中学の頃からなので、それなりに長い付き合いにはなるが、男友達同士、SはこれまでMの顔をこんなにまじまじと眺めたことはなかった。

こいつ、こんなに白目が青っぽかったっけ・・・?

前髪で目立たないけど、あと、額のまんなかにアザなんてあったのか?

まるで、3つめの目をとじてるみたいな、横長のU字型の線。

「M、あのな、その本、鈴木先生にみてもらわないか?

あの人、霊能力者なんだろ?

もしかしたら、本についてわかるかもしれないぞ」

「鈴木先生か。まぁ、期待はできないけど、別にいいよ。

じゃ、今度、学校へ本、持ってくる」

「ああ。わかった」

鈴木先生とは、非常勤講師の鈴木誠で、担当する教化は現国だが、主な仕事は、生徒の相談にのったりすることである。

学校の近所に住む霊能力者で、これまでも何人もの教師や生徒が助けてもらったらしい。

たまたま教員免許を持っていたので、相談係として非常勤で勤めている感じだ。

数日後の放課後、SとMは職員準備室にいる誠のところへ会いにいった。

誠は2人がなにも言う前から、Mが抱えている大判の古書をいぶかしげに、見つめていた。

「僕に相談っていうのは、その本のことだよね」

「先生、わかるんですか?」

Sが驚くと、誠は頷いてMに

「それは人を選ぶ持ちものだと思うよ。

そして、その内容は重い。

選ばれた人は、人生をその本に捧げることになるんじゃないかな」

Mは誠の言葉を受け止め、ゆっくり首を振った。

「高校の校内でする話じゃない気がするけど、この道を進むと君は人ではなくなってしまうかもしれないよ」

まだなにも具体的に話していないのに、誠はMに声をかけてゆく。

Sの不安はこの状況に頂点に達した。

「先生、M、オレもこの本、見てもいいか?」

Mが抱えている古びた革製の古書の中身が急に気になり始めた。

廃墟にあった秘密の本。

読むと、成績が急上昇したり、運命が決まってしまうらしい。

霊能者の鈴木先生も、この本の力を認めているらしい。

こいつには、いったいなにが書いてあるんだ?

SはMの返事も聞かずに本を掴みとり、誠の机の上にそれを置いて、ページを開いた。

「な、なんだこれは」

ページには、鉛筆で書かれた感じの昆虫の姿が印刷されていた。

そして、絵の下にある文章は、Sが見たこともない文字で書かれていた。

「先生、これ」

「Sくん。その虫については深く考えない方がいい。

その虫は、現実にはいない虫だから」

「その文章もでたらめだけど、でも、オレには読めるんだ」

誠とMの説明を聞いても、わけがわからなかった。

遠い昔にどこかの国で書かれた昆虫図鑑のように思えた。

「Mくんが読んでるのは、そこにある絵や文ではなくて、その本に込められている意志だね。

ものには意志が宿り、その意志は一部の人には受け継がれる。

妖刀やいわくつきの呪われた品などは、そんな意志に憑かれたものだと思う。

おそらくは、その本も。

きっと、その本の以前の持ち主は、知識欲に任せて古今の書物を収集し、読み解くうちに」

誠の話を途中で打ち切るように、Mは本のページを閉じた。

そして、

「残念だよ。

Sにも読めると思ったのに」

また本を抱えると、1人で準備室を出て行ってしまった。

「鈴木先生。オレはどうすればいいんですか?」

残されたSが誠にたずねる。

「もし、彼が、あの本が選ぶ人間とだけこれからを生きていくつもりなら、きみは彼と一緒にいれないかもしれないね。

ちなみに、さっきの本。

僕にもただの大昔の異国の昆虫図鑑にしか見えなかったよ。

人知を超えたものの存在を感じたとして、それに触れるかどうかを選ぶのは人間だ。

見て見ぬふりをしたり、自分にはムリだと考えて離れていくのも、世間では良識ある態度と呼ぶけどね」

 

その後、期末テストでも学年トップを取った後、Mは急に留学することになった。

異国の国立大学に飛び級で入学が決まったそうだ。

Mが高校を去る頃、MとSはすでに話をする間がらではなくなっていた。

Sだけでなく、生徒も教師も校内のほぼすべての人は、Mと話をしたりしなくなっていた。

最後に、日本を去るMからSに久しぶりにSNSでメッセージが届いた。

「Ko te mata tuatoru ka tuwhera」

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字は読めず意味がわからなかったが、メッセージの下の顔文字でなにを言いたいかわかった。

Mはいまもあの本を相棒にしているのだろうか?

 

END

 

☆☆☆☆☆
 
 77話めは以上です。
 
 この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。

 蛇足かもしれませんが、ここまで読んでくださった方へよけいなタネあかしをしますね。「Ko te mata tuatoru ka tuwhera」はマオリ語で「第三目が開く」という意味です。

 マオリ語とはニュージランドの先住民、マオリ族の言葉で、ニュージーランドでは、公用語とされており、小学校で必須だそうです。

 この広い世界で誰も想像つかないような偶然が重なれば、先を生きた人たちの英知に思わね形でふれることもあるかも、と僕は思います。

 怪談というか、SFでしょか?

 

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