100-59 シャッター
100-59 シャッター
盲人用の眼鏡と呼べばいいのだろうか。
杖をつきながら、その黒い眼鏡をした男性が、1人で訪ねてきたので、誠は、驚いた。
「霊能者の鈴木誠先生ですね。
いえいえ、御構いなく、周囲の方にご迷惑をおかけしない程度には、みえているつもりですから。
今日は、この目のことでご相談があってきたのです。
ええ。そうです。
私は目が不自由な障害者です。
正直、生まれつきこうですから、目が役に立たないのは、なれてるんですよ」
男は、誠と向かい合う席に腰をおろすと、メガネの黒レンジを誠の顔にむけた。
たしかにその動きはスマートで、危なげなところはなかった。
「鈴木先生。
私の話を聞いていただけますか?」
「ええ。
どうぞ」
「私は、今年で4X歳になります。
さきほども言いましたように、目の障害は生まれつきでした。
生まれつきの障害者というのは、誰しもそうかもしれませんが、私はある程度の年齢になるまでは、自分は普通で、正常だと思い込んでいました。
つまり、人は誰しも、私と同じような目をしていると思っていたのです」
「なるほど」
「そうなんですよ。
誰もが、私と同じように、半透明の人間や、手足がもげ、顔が崩れたこの世のものではないものに囲まれながら、暮らしていると、思い込んでいたんですよ」
「は?」
男は冗談を言っているふうではなかった。
「鈴木先生も能力をお持ちですから、私の言いたいことがおわかりだと思います。
私は、あの世界が誰にでもみえていてると思って育ったのです。
ですから、ものごごろがついた頃には、精神病院へ入れられました」
「それは、不運でしたね」
「ええ。
私が精神に異常をきたしているのではなく、本当に、それがみえているのだ、と信じてもらうのに、どれだけ苦労したことか。
でも、これがまだ目だけなので、よかったです。
この世のものでないものたちの声まで聞こえてら、わたしはどうかなっていたでしょう。
鈴木先生もお悩みなのですか?」
「あの、僕の能力はそれほど強くないので、自分で、見たい、聞きたい、そうとう意識を集中しなければ、普通の人とそんなに変わりません」
「それは、幸せですね」
「はい」
誠はこうして話しているうちに、男が普通の障害者ではないのがわかってきた。
この人の目が不自由は、みえないのではなく、みえすぎるのだ。
必要ないものまでみえすぎて、不自由になっている。
とすると、彼がかけている黒メガネは。
「そうですよ。
お察しの通りです。
先生はきっといま、こいつはこのメガネで自分の視力をおさえていると、お考えでしょう。
まぁ、それはほぼ正解なのですけれどもね。
それが多少、入り組んだ話ですので、もう少し、私の話にお付き合いいただけますか?」
「はい。どうぞ」
ここまできたら、聞くしかなかった。
「そんなこんなで、10代のほとんどを私は精神病院で過ごしました。
一生、ここからでられないのではと、何度も不安にかられましたよ。
自殺を試みたこともあります。
実際に、死にそうになると、死神と天使が迎えにくるのもみました」
「大変な経験をされてきたのですね」
「ええ。
ですが、そんな私にも理解者があらわれたのです。
それは、入院していた総合病院の眼科の先生でした。
精神科の担当医に、自分は頭がおかしいのではなく、おかしいのは目だと訴え続けた結果、眼科の先生が私を診察してくれることになったのです。
そこで私は、これまでの思いのたけをぶちまけました。
そして、自分なりの理論を紹介したのです。
それはつまり、カメラにシャッタースピードがあるように、人間の目にもそうしたものがあるのではないか? というものです。
私は生まれつき、そのスピードが多くの人とはズレているために、この世ならざるものが見えてしまうんだ、と。
とすれば、そのスピードを矯正できれば、常人と同じような視力を持てるのではないのか?
私のこの説に、先生は、可能性はあるかもしれない、と頷いてくれたのです。
まさに救いの光でした。
それから、私はあらゆる検査を受け、さまざまなレンズ、コンタクトを試しました。
そして、たどりついたのが、いまかけているこのメガネです。
これをかけていると私の能力は、封じ込められるのです。
普通の視界もかなり悪くなりますが、まったくみえなくなるわけではありません」
男は話ながら、両手をメガネのフレームにあてた。
「なにをされるんですか?」
「鈴木先生。
私は、ここで久し振りにメガネをはずそうと思うんですよ。
私はここ何十年も、寝る時も、風呂でも、メガネをかけて暮らしてきました。
顔を洗う、髪を洗う時もメガネをしたままです。
まだ私用のコンタクトはないんです。
でね、こう何年もメガネをしていれば、私の能力も弱まったかもしれない。
それを試そうと思ってここへきたのです。
ここなら私と同じものがみえる鈴木先生がいらっしゃる。
先生についてていただいて、私は、一瞬だけ、メガネを外そうと思います。
よろしいですか?」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
誠は席を立って、男の背後にまわった。
「肩に手を置いて、いただけますか?」
仕方なく、誠が肩へ手を置く。
男は左右のフレームに手をあて、メガネをはずした。
「!!!!!!!!!!」
大きく口を開け、声にならない声をあげ、男は絶叫した。
誠は、男の能力と同調しないように、自分の力をセーブした。
なにもかもみえてしまう男の視力は、周囲にある、そういったもの引き寄せてしまっていた。
誠は男の手からメガネを奪い、男にメガネをかけてやった。
ほんの数秒間の出来事だった。
男が背中をまげ、大きく息をつく。
「全然、弱まってない。
前より強くなってる。
なんで、私は。
私が」
力なくつぶやく彼に、誠はかける言葉もなかった。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。
すぎたるはなおおよばざるがごとし。
神や仏というものがいるとして、その力は多くの場合、良くも悪くも人の身には余る、と誠は思う。
END
☆☆☆☆☆
59話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
実話ベースです。
これによく似たロジャーコーマンのSF映画がありましたね。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。