100-58 ブツ
100-58 ブツ
深夜のドライブといえば聞こえがいいが、地元の旧友のグチに付き合わされただけであった。
誠は、学生時代からの知り合いのWが運転する車の助手席にいた。
いい年をした男2人の、面白みのないドライブだ。
Wのグチは、仕事にまつわるもので、誠としては、聞いてやるぐらいしか本当にできることがなかった。
深夜の田舎の県道、車通りも少ない。
それでも暗い山道なので、Wはスピードを落として運転していた。
と、突然の横の細い道から明らかに速度をだしすぎの軽自動車が、入ってきた。
まるで、当たりやのような無謀な運転だった。
Wの車は、横からぶつけられた格好になった。
幸いWも誠もダメージはなかったが、車はしっかり衝突している。
誠たちは車から降りて、相手の車へむかった。
軽の運転席から降りてきたのは、中年の坊主頭の男だった。
車には、彼1人しか乗ってないらしい。
「すみません。
大丈夫、ですか?
いま、ちょっと、急いでいて」
早口でそれだけ言うと、男は、誠たちに背をむけようとした。
Wが男の背中へ手をのばして、上着をつかんだ。
「あんた、ちょっと。
いまのどうみても10対0の状況だろ。
こっちは優先道路にいるんだよ。
ねぇ、まず、警察呼ぼうか?」
「すみません!!」
途端に、男はアスファルトに両膝をついて、土下座した。
「警察はカンベンしてください。
金なら、持ってるだけだします。
それで、許してください。
お願いします」
言いながら、ふところから財布をだし、道路に札を並べていく、
「ちょっと、なにすんの、あんた!!」
Wがあわてて男の手を押さえた。
道路の札は、1万円ばかり、10枚以上はあった。
Wと男の様子を眺めながら、誠は、男の車の中から聞こえる奇妙な音に注意を奪われていた。
キ。
キ。
キ。
なにか生物の鳴き声がする。
かすかだが、それは、たしかに鳴いていた。
パシャ。
パシャ。
それと水の音。
「あのう、あなた、車になに乗せてるんですか?」
誠が車に近づこうとすると、男はすぐさま立ち上がって、車と誠の間に立った。
「みないでください。
なんでもいいじゃないですか。
今日は、ここは、金でカンベンしてくださいよ」
男は必死の表情だ。
誠は車の側で、新たに気づいたことがあった。
この車のまわりは、生臭い。
それはまるで、魚屋のようなにおいだった。
「魚でも積んでるんですか?」
「魚って言えば、まぁ魚だけども」
誠に聞かれ、男が口ごもる。
Wも誠の隣にきた。
Wはひとまず、男が道路に置いたままにしていた札をまとめて持ってきた。
「27万あるんだけど、あんた、いったい、なんなんだ?
怪しすぎるよ。
これじゃ、見逃せない。
警察、呼ぶよ」
Wに睨まれて、男は、誠とWの顔を交互に眺めた。
「本当に一生のお願いなんです。
私は、運び屋です。
いま、ある特殊な品物を依頼主さんのところへ運んでいるところなんです。
それは、生もので、魚といえば魚なんですが、わけありなんですよ。
私は、責任を持ってこれを送り届けないといけないんです。
車をぶつけて申し訳ありませんでした。
反省しています。
どうかお願いします。
今回は、金で目をつむってください」
「そんなこと言っても、あんた、これ、犯罪なんじゃないの?
麻薬や拳銃を運んでるとか」
Wが追及する。
「そんなのじゃありません」
誠は耳に意識を集中した。
さっきから聞こえている。
キ。
キ。
キ。
は、よくよく聞いてみると、なにか小声で言葉を話しているように聞こえてきた。
それは、
ココハ。
ドコダ。
ハヤクシロ。
セマイゾ。
ハヤクダゼ。
人の言葉?
誠は、男の身体をよけて、車に近づいた。
窓から車の後部座席を覗くと、そこには大きな樽が置かれていた。
水の音も、声もここから聞こえている。
「おい、なんなんだよ?
この樽は。
まさか死体が入ってるんじゃ」
「死体じゃありません。
生きてますよ」
「しかし、これ、生臭いなぁ」
あまりの臭いにWも顔をしかめている。
「樽の中をみせてもらっていいですか?」
誠は、後部座席のドアを開け、樽に手をのばした。
男が止めても中をみるつもりだった。
それこそ中に人間でも入っていたら、もう、警察を呼ぶしかない。
Wが男を押さえてくれたので、誠は樽の上蓋を持ちあげ、そこには、
暗い水面があった。
樽には、8割くらいまで水が張られていた。
水面が軽く波打っている。
キ。
キ。
キ。
水の中から鳴き声がした。
誠は、あまりの臭いに顔をしかめながら、水面に顔を近づけ、暗いの水の中に、小さな赤い光が2つあるのをみた。
「そこまでにしてくれ!!」
男がWを押しのけ、誠に体当たりしてきた。
そして樽に蓋を戻す。
「こいつは、世にだしちゃヤバイやつなんだ。
わかってくれよ」
男の取り乱しぶりに、誠とWは車を離れた。
男は、Wの手に無理やり札を握らせると、車に乗っていってしまった。
Wと誠は、並んで車に乗って家路に着いた。
「やっぱ、あの水の底に拳銃か、クスリの包みがあったんじゃないの?」
Wはそう信じてるらしい。
「いや、僕は、あれと目があったよ。あれは」
誠は、ノドもとまででかかったわずか3文字の異形のものの名前を飲み込んだ。
言わない方がいい気がした。
異様な生臭さ、魚のようなもの 樽に全身がはいるくらいの子供並みの身体のサイズ、水の中にずっといても平気なそいつは、おそらく。
END
☆☆☆☆☆
58話めは以上です。
この100物語は、私が聞いたり、体験してきた怪談と創作のミックスみたいな感じです。
実話ベースです。
これは日本各地で目撃談がありますよね。
みなさんのご意見、ご感想、お待ちしてます。